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「あとこれ、持っておいき」
渡されたのは高級洋菓子店の箱だ。
「わあ、いいの? これ、里奈ちゃんのケーキじゃないの?」
「いいんだよ。おじさんと美里ちゃんだけの秘密だ」
おじさんはそう言って私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「うん、秘密! キョーハンシャだからねっ」
私は里奈のサンダルをぶん、と足を振って脱ぎ捨て車から降りた。おじさんに力いっぱい手を振り、またね、と叫ぶ。おじさんはにこやかに手を振り返すと車を発進させた。私は裸足のまま鍵を開けて家に入り風呂場に行くと急いで足の裏を洗う。里奈のサンダルなんか履いて気分が悪い。ゴシゴシと何度も洗った。幸いこの時間母はパートに出ていて不在だ。サンダルのことは言わないでおこう。どうせ明日返してもらえるのだから。
その夜、私はおじさんと二人で穴を掘る夢を見た。里奈を埋めるための穴。どんどん掘ってずいぶん大きな穴ができた。私はおじさんに言う。
――里奈のお母さんも埋めちゃえばいいじゃん。
「美里、遅刻するわよ」
母の声で目が覚めた。何だか心臓がバクバクする。でも少し気分がよかった。そう、みんな埋めてしまえばいい。
翌日学校で里奈の姿を探した。
「ねぇ真理ちゃん、里奈ちゃん知らない?」
今日は見てない、と皆が言う。その時、担任の先生が教室に入ってきてバシッと教壇を叩いた。
「はい、静かにね。みなさん、おはようございます。今日から二学期です。いつまでも夏休み気分でいちゃダメですよ」
先生は皆の顔を見渡した。
「皆さん元気そうで何よりです。ただ、今日は残念なお知らせがひとつあるの。高井里奈さんがお父さんの仕事の都合で遠くに引っ越すことになり転校、ということになりました」
教室の中がざわめく。
「みんなに挨拶ができなくて残念だ、とのことです。本当に急に決まったらしくてね、仕方ないわね。さ、授業始めますよ」
結局私はその日以降里奈にも里奈の家族にも会うことはなくサンダルが私の元に戻ることはなかった。あの後母に何と言い訳したかはよく覚えていない。一度だけ里奈の家を見に行ったが確かに空き家になっていた。後から知ったのだが里奈の父が経営する会社はかなりの負債を抱えていたらしく、夜逃げだったのじゃないかと近所の人は噂したという。
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