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看取りに決まった形はないと言う。
それでも、あのあやかしの未練のように、話しの出来る状態にない場合は、正気を取り戻せるように導かなければならない。
「きみが水先案内人になるんだ。大丈夫、俺がそばにいる」
春風の頼もしい言葉に背を押され、青光は力強くうなずいた。
閉ざされた襖の先の気配を見据え、清浄な空気を深く吸い込む。
部屋を囲うように張り巡らされた注連縄の青い布がふわりと揺れた。
「迷いを払え。汝を導くは原始の輝き」
緊張に震えながらも、教わった通りに言霊を呟く。
すると、部屋の中へと誘うように、廊下に赤や青の光の玉が浮かんだ。
「ぇあ? ぞこに、いるのぉ?」
屋敷内を徘徊していたあやかしは、その光に気がつき、覚束ない足取りで部屋の前に辿りついた。
すると、襖がひとりでに開き、部屋に張り巡らされた清浄の結界を見たあやかしが恐れ戦いた。
「清めよ。仁慈富む夕波は穢れをさらう」
部屋の奥で待ち構えていた青光は、あやかしを逃がさないように、すかさず言霊を唱えた。
まるで夕日のようなぼんやりとした光が部屋を包み、優しい波があやかしの穢れをさらっていく。
穢れで黒々とした全身が、徐々にもとの色を取り戻していく。
押し寄せる優しい波を拒むように、細切れの呻き声が上がった。
「癒せ。赤き曙光は汝を照らす」
常闇の苦しみを癒す夜明けの輝きが、あやかしを包む。
「あ……」
光が霧散し、少女のような、か細い声が上がった。
光雪が儚く消えると、そこには花の精を思わせる可憐な女性が座っていた。
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