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「あなたの苦しみを取り除くお手伝いをさせていただけませんか」
あやかしは少し俯いて、目蓋を閉じた。
「そう……私はもう、いないのね。ここにあるのは私の残滓」
絶望していると言うよりも、自分の中にある探し人との思い出を振り返っているように見えた。
「お願いします。もうあのひとに、心配かけさせたくないもの」
再び青光を映したその瞳に迷いはなかった。
その身を黒く染めていた穢れはほとんど消えていたが、その体からは細長い黒い煙が立ち上っていた。
「あなたのお名前は」
「キンセンカ。あのひと、スイセンと同じ名前。お願い、あのひとに伝えてください。いつまでもあなたの幸せを祈っているのだと」
「わかりました」
青光の返事に、キンセンカは満足そうに口元を綻ばせた。
「青光。祝福の言霊を」
春風に言われて、青光は戸惑った。
祝福の言葉など教わっていないからだ。
「契約すると自然に思い浮かぶものだ。きみだけの祝福の言葉を伝えてあげてほしい」
青光はもう一度キンセンカに向き直り、自分だけの祝福の言葉とは何かを黙考した。
脳裏に浮かぶのは、春の陽光と美しい春風の姿。
「我が青は春光、舞い踊る春風さえぎるものなし」
するりと言葉がこぼれて、窓も開けていないのに柔らかい風が吹き抜けた。
青い布が一斉に翻り、幻の桜の花弁が喜びに舞っているように見えた。
「綺麗ね……最期に出会えた優しい人が、あなたでよかった」
キンセンカは最期に胸の前で両手を合わせると、ぽつりと涙を一粒流して、光の粒子となって消えた。
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