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やがて左手側に風情ある中庭が現れた。
清風が吹き抜け、青々とした常緑樹の葉を揺らす。
ぽつりと咲いた寒椿の赤が美しかった。
神の住む場所に相応しい清閑な庭園だ。
「すごい」
「青吉も気に入っていた場所だ」
春風が懐かしそうに目を細めた。
「看取り屋って、あやかしを看取る仕事なんですよね」
「そうだ。人間よりも基本的に長生きだが、あやかしにも死がある。彼らの最期を見守り、旅立ちを手助けする水先案内人。それが看取り屋なのだ」
「俺はあやかしが見えるだけで、何の力も持っていません。龍神様の力があればじゅうぶんじゃないでしょうか?」
「たしかに、青吉が亡くなってからは私ひとりで看取りを行ってきたが、それも限界だ。私では安らぎを与えられん」
「安らぎ?」
春風は困ったように眉間の皺を刻んだ。
「龍神族と契約した人間には不思議な術が使える。それはどんな痛みも苦しみも癒す言霊だ。ここに運び込まれる者の中には想像を絶する痛みを抱えて最期を迎えるあやかしも少なくない。私ではだめなのだ」
光の顔が強張った。
苦しんで最期を迎える光景を想像するだけで怖かった。
けれど、この龍神は、死を目前にする恐怖よりも、癒してやれない悔しさを何度経験したことだろう。
「だから、光。お前の力を貸してほしい。今すぐにとは言わない。少しだけ、考えてはもらえないか」
清らかで、熱意に満ちた青い瞳に見つめられて、光は思わずうなずいていた。
それを満足そうに見届けた春風は、すいすいと泳いで曲がり角の向こうへ消えて行った。
ぽつんと取り残された光は、人の気配のない屋敷を見渡した。
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