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「ここなら、嘘つき呼ばわりされずにすむかもしれないけど、誰かの看取りなんて」
光は上着をすり抜ける肌寒さを紛らわすように、布越しに腕をさすった。
本日何度目かになるため息をついて、何となく春風が向かった方向へ歩き出す。
「母さんを看取ってあげられなかった俺には、荷が重いな……どうやって断ろう」
重石のように圧し掛かる悩みを抱えながら、広い屋敷を見て回っていると、右手側の襖越しに嬉しそうな声が聞こえた。
春風かと思ったが、それにしては随分とはしゃいだ声だ。
「他に誰かいたのかな」
後ろめたく思いながら、襖の隙間から中を覗くと、そこには部屋の中をぐるぐると泳ぐ春風の姿があった。
「ぃよっしゃあ! やった、やったぞ青吉! ついに見つけた! 俺天才か!」
有頂天で泳ぎまわる春風の変貌ぶりに、光は困惑を隠せない。
むしろ、こちらが素の春風なのだろう。
「ようやく跡継ぎを見つけた! まだまだ幼いが真っ直ぐな少年で、名前は水野光。きっときみも気に入るだろう!」
春風は、箪笥の上に飾られた写真立てに話しかけている。
遠目からは判然としないが、恐らく当主の青吉なのだろう。
「光がいることをもっと早くに知っていれば、きみに会わせることができたのにな。そうすれば、きみは安心して旅立てたのに……遅くなってごめんな、青吉」
光は音を立てずに、その場を離れた。
どくどく、と鼓動が速くなる。火照った頬を冷やしてくれる冬の風が気持ち良かった。
陰で「気味が悪い。関わるな」などと散々言われてきたが、あれほど好意的に存在を受け入れてくれたのは初めてで、目の奥が熱くなる。
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