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「どこを走っているのか気になって窓の外を見ると、大きな足が車に迫っていて、前日の大雨で増水していた川に蹴り落とされてしまったんです。母が俺を窓の外へ押し出してくれたおかげで、俺は助かりました。でも、母は結局見つからなかった」
春風は静かに耳を傾けてくれていた。
「幼い俺は、あやかしのせいだと泣き叫んだけれど、当然、誰も本気になんてしなかった。今では本当にあやかしだったのかもわかりません。家族は事故と母を失ったショックでおかしくなってしまったのだと、俺と距離を置きました。それは仕方がないと思っています」
どれだけ家族に避けられたとしても、その胸の痛みを超える、今でも諦めきれない衝動のようなものが光を苛み続けている。
春風に語ることで、それが少しずつ形を成していく感覚がした。
「俺は、母を独りにしてしまったのが悔しい。あの冷たい水の中で苦しんだと思うと……何もしてやれなかった非力な自分が悔しいんだ」
「光がこんなに想ってくれているんだ。彼女は孤独ではなかったよ」
弾かれたように顔を上げると、春風は優しく目を細めた。
光の話を初めて受け止めてくれた存在に、そして光の傷ついた心を労わるような優しさに、じわりと涙が滲んだ。
「光、もう一度聞くよ。俺はきみに後継者になってほしいが、死を目前にしたあやかしや、その未練を相手にするのは想像以上に苦しく、危険が伴う。それでも後継者になってくれると言うなら、俺が全力できみを守る」
春風が示した覚悟に、光も背筋を伸ばして、真っ直ぐに向かい合った。
「旅立つひとに孤独じゃないことを伝えたい。どうか俺を看取り屋に、青の一族に入れてください! お願いします!」
光はあふれる感情をぶつけるように叫んで、深々と頭を下げた。
その後頭部にぽつぽつと何かが降り注ぐので、恐る恐ると顔を上げると、春風の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「春風様!?」
「これからよろしくな、光! きみが来てくれて本当に嬉しい! 青吉もきっと喜んでいるぞ」
文字通り泣いて喜ぶ春風に、光はこの龍神に見つけてもらえたことを心から感謝した。
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