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事の始まりは、3ヶ月ほど前。
母を病で亡くしたユウマは、母方の祖父母に引き取られた。
そこで与えられた、かつて母が使っていたという部屋のベッドで、喪失感と寂寥感を抱えながら寝転んでいたところ、ユウマは枕元でそれを見つけた。
「『Eternal Phantasm』……?」
そんな表題が印字された、ファンタジーの世界観で描かれたらしいキャライラスト主体の紙箱。大きさは厚めのビジネス書ほどで、とても色鮮やかだ。
中には、手のひらサイズほどのグレーの長方形の物体が、箱にピッタリ収まるサイズの透明なケースの真ん中に嵌め込まれていた。
「見たことないけど、ゲームか何かかな?」
妙に気になり、祖父に尋ねてみたところ、ユウマの予想通りそれは古いゲームソフトで、恐らく母の歳の離れた兄のものだろう、ということだった。彼がゲームをプレイしているのを、母はよく見ていたらしい。
「気になるなら機体を貸してやろう」という祖父の言葉に甘え、伯父の部屋にあったゲーム機を部屋のテレビに接続してもらい、さっそくソフトをセットし電源を入れた。
初めて見聞きする古めかしいグラフィックとサウンドに好奇心を掻き立てられ、ユウマはすぐに『はじめから』を押そうとした。
だが、何故かその下の『つづきから』に目が吸い寄せられ、なんとなくそこを選択してみた。
いくつかあるセーブデータの中で、一番新しいものが目についた。プレイヤー名は、エリィ。――母の名は、エリコだ。
「多分、お母さんのデータだ」
ドキドキしながら、そのセーブデータを選ぶと、朽ちた石造りの壁に囲まれた、所々に陽光が射し込む花畑の片隅からゲームは始まった。
ユウマは、鎧を身に着けた金髪碧眼の少女――エリィを、近くにある奥へ続きそうな通路へ進ませた。
すると、寂れているが城の謁見の間のような場所に移り、誰かが背を向け佇んでいた。
長い黒髪に、黒いマント。いかにも悪役らしい風貌のその人物は、くるりと正面を向くと、閉じていた双眸を開いた。赤い目が浮かび上がる。どうやら、パッケージイラストのバックに大きく描かれていたキャラのようだ。
『……エリィ……では、ないな』
セリフのウインドウが、画面下部に出る。
次のセリフに進めようと、ユウマはコントローラーのボタンを押した。
しかし、何も反応しない。カチカチと何度か押すが、同様だった。
「あれっ、もしかして壊れた……?」
『何の話だ?』
「え?」
その時、唐突に新たなセリフが画面に表示された。
ユウマは少しの違和感を覚えた。
遅れてセリフが更新されたのは、コントローラーの反応が鈍かったから、といった理由が考えられなくもない。
だが、セリフに繋がりがない気がした。エリィやパーティーの誰かが、その前に発言した様子もなかった。
「セリフが飛んでるのかな? バグ?」
『だから、何の話をしている』
「……え?」
またも突然更新されたセリフに、ユウマは間の抜けた声を出した。
ボタンは押していないし、ゲーム内のエリィたちが発言したわけでもない。むしろ、更新前に発言したのは、ユウマ自身だ。
「……こっちの声に反応してる、なんてこと、あるわけないよな」
『何を言う。すべて聞こえているし、見えているぞ』
セリフが更新される。ユウマの発した言葉に繋がる内容で。
ユウマは目を見開き、口をぽかんと開け、固まった。
『おい、聞いているのか』
「……えっと。ちょっと待って、ください」
ユウマは我に返ると、箱に入っている説明書を取り出した。システムについて書かれているページを読んでみる。
「キャラクターが声に反応する」――といった記載は、ひと文字も無かった。
「……どういうこと?」
説明書とテレビ画面とを交互に見る。
『まだ待つか?』
「……いや、いいです」
完全にコントローラーから手を離した状態で出てきたセリフに、ユウマは諦めのような感情を抱いた。オート機能がついていないことも確認済みだった。
そんなユウマの心を知ってか知らずか、ドットで描かれたその人物は、青いウインドウに白文字を紡ぎ出す。
『では、まず聞こう。……お前の名は?』
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