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「――今日は、給食で好きなものがふたつも出たんだ」
『それは良かったな。お前は、何が好きなんだ?』
「給食だと、カレーと揚げパンと冷凍みかんが好きかなあ。今日出たのは、みかんと揚げパンね」
『ふむ。カレーというものは食べたことがあるな』
「え? カレーって、そっちにもあるの?」
『エリィが作ってくれたことがあった。似たものというだけで、厳密には違うと言っていたが』
「そうなんだ」
『ああ。……ところで、何かあったのか?』
いつも通り、学校から帰った後に魔王とおしゃべりしていたユウマは、突然の問い掛けに止まった。
「……なんで、そう思うの?」
『好きなものの話をしているのに、浮かない様子だからな。顔も、声も』
魔王の答えに、ユウマは口を噤み、俯いてしまった。
魔王のメッセージウインドウにも、三点リーダーが並んでいる。
無言がしばらく続き、先に口を開いたのはユウマだった。
「……今度、授業参観があるんだ」
『ジュギョウサンカン?』
「俺たちが学校で勉強してるところを、お父さんやお母さんに見せるんだ」
『それは、嫌なことなのか?』
「だって……俺は、お母さん死んじゃってるし」
俯いたままポツリと溢された言葉に、魔王は再び無言になった。
「おばあちゃんやおじいちゃんにお願いするのも、なんか申し訳ないし……それに、来てもらったところで浮いちゃうと思うし……」
訥々と漏らされるユウマの思いを、魔王は無言のまま聞いている。
ユウマは、ズボンのポケットから小さく折り畳んだ藁半紙を取り出すと、徐ろにそれを開いた。
『授業参観のご案内』――父兄に渡すようにと配られたそのプリントの内容は、何度見ても変わらない。
『……どうするつもりなんだ?』
沈んだ表情を浮かべるユウマに、漸く魔王は声をかけた。音のないそれは、俯いたユウマにはすぐに届かず、また沈黙が流れる。
しばらくして顔を上げ、魔王の問い掛けに気付いたユウマは、視線を一瞬泳がせるとプリントを畳み始めた。
「……黙っとく。授業参観があるのも言わないし、プリントも見せない」
『それでいいのか?』
「だって、仕方ないじゃん」
苛立ち混じりの震えた声が、紙が擦れるカサカサという音に重なる。プリントは、ポケットに入っていた時と同じ状態に戻った。
ユウマは、目の前にあったゲームの箱に目を留めると、蓋を開け、小さくなったプリントを箱とケースの隙間にねじ込んでいく。
「ここなら、誰も気付かないはず」
箱は、畳まれたプリントの厚みで少しだけ膨らんでいた。
「ほら、もう隠しちゃったから、この話は終わり。別の話しよう!」
『……ああ』
ユウマは努めて明るく振る舞い、別の話題を出して話し始める。
ユウマが視界の外に追い出すよう動かしたプリント入りの箱を、魔王は話しながらも気にしていた。
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