うちの魔王さん

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「――どうやって来たの?」  放課後、校門近くで待つ魔王にユウマは尋ねた。授業が終わった瞬間に駆け寄り、校門で待っていてほしいと伝えておいたのだ。 「抜け出してきた」 「……そんな簡単にできるもんなの?」  あまりにもあっさりと言いのけられ、驚きや初めて聞く肉声への感動などあっという間に通り過ぎ、ユウマは脱力した。 「あ、ちょっと遠回りして帰ろう。クラスの子たちが追ってくるかもしれないから」  そう言うと、ユウマは魔王の腕を引き、普段の帰り道から外れた方へいそいそと歩き出した。魔王は、おとなしく腕を引かれるままついて行く。  残り時間10分での来訪者に、ユウマも、クラスメイトも先生も保護者も、(みな)が注目していた。  先生だけはなんとか軌道修正を試みていたが、10分程度ではどうしようもなく、結局なんとも締まらないまま授業は終了となった。  そのまま帰りの会へ移行したが、ユウマは先生が止めるまでクラスメイトにあれこれと尋ねられた。転校初日よりも勢いの激しいそれに、げんなりした。  そして、さようならの号令をした瞬間、校門まで脱兎の如く走り、今に至っている。 「その格好、どうしたの? 髪も短いし、目の色も違うみたいだけど」 「違和感なく認識されるよう、魔法をかけているだけだ。あちらの世界でも、変装するのに使ったことがある」 「へー。それでも、イケメンは隠せないんだね」 「イケメン?」 「かっこいい人のことだよ。おかげで、質問攻めにあっちゃった」  先ほどの、押し寄せるクラスメイトたちの顔を思い出し、ユウマは溜め息をつく。 「困らせてしまったか……?」  すると、魔王は僅かに悄気(しょげ)たような声音で尋ねてきた。  ユウマはそれに思わず足を止め、魔王を見上げる。その顔は、声が表すように、少し眉を下げているように見えた。  それがなんだかおかしくて、嬉しくて、ユウマは微笑み首を振る。 「ううん、そんなことないよ」 「そうか?」 「うん。むしろ、来てくれて嬉しかった。……ありがとう」  ユウマが礼を口にすると、魔王は目を(みは)った。だが、それは一瞬のことで、すぐに表情を和らげ、「そうか」とゆっくり頷いた。  そのまま並んで、再び歩き出す。 「さっきも言ってたけど、こっちの世界に来ることって、できたんだね」 「私も知らなかった」 「えっ、そうなの?」 「ああ、初めてやってみたんだ。だが、来ることはできても、帰るのは難しいかもしれん」 「なんで?」 「あちらの世界の外殻……ゲームソフト、と言うんだったか? 私がこちらに来た瞬間、それが壊れてしまったんだ。真っ二つにな」 「えっ」  ユウマは、今度は驚いた顔で魔王を見た。  真っ二つに割れたソフトを想像し、血の気が引いたが、「一応、魔法で元に戻したぞ」という言葉に、ホッと息をつく。  しかし、「ただ……」と魔王は言葉を続ける。 「戻しはしたんだが、どうも繋がりが薄いように感じてな」 「繋がり?」 「その世界との縁のようなものだ。一度壊れたことで、薄れたのかもしれん」  魔王の説明は概念的なものだったが、ユウマはなんとなくその意味を捉えることができた。  そして、頭の裏が一気に冷えていくように感じた。 「……もしかして、もう二度と帰れない……?」 「可能性はある」  ユウマがたどり着いたそれは、冷静に肯定された。  冷や汗と共に、申し訳ない気持ちが溢れ出す。罪悪感から、ユウマは俯いた。 「……ごめんなさい」 「なぜ謝る?」 「だって……俺が、授業参観の話なんかしたから」  ぎゅっと、魔王の腕を掴む手に力が入る。  「それは、私が聞いたからだろう」 「そうだけど、別に嫌だとか何だとか言わなくても良かったし」 「だが、それはお前の本心だったのだろう」 「本心だからって、何でも言って()いわけじゃないもん」 「ユウマ」  静かだが、芯のある声で名を呼ばれる。  ユウマは返事をしなかったが、ひと呼吸置いてから魔王はそのまま続ける。 「私は、お前の父だぞ。……友だちでもあるが」  それにユウマは(はじ)かれたように顔を上げ、魔王を見た。  イラストで見たものよりも柔らかいが、意志の強さが見える面差しに、目が逸らせなくなる。  そうして、まっすぐユウマを見つめ、魔王は言った。 「父が子のために何かをするのは、当然だ。たとえ、何があろうとな」  ユウマは、ハッと息を呑む。  その時、昔聞いた母の声が聞こえた気がした。  ――とても素敵な人よ。今でも、大好きだわ。  父について聞いた時、母は遠くを見ながら、優しく、だが、どこか寂しそうに言っていた。  瞬間、唐突にユウマは感じた。  この人は、自分の父だと。  理屈や理由など無く、確かにそう感じた。 「……本当だね、お母さん」 「ん? なんだ?」 「なんでもない」  思わず呟いた言葉を拾われたのを、笑顔で誤魔化す。  魔王は首を傾げたが、ユウマの笑顔が自然と出たものだとわかったようで、自身も緩く()んだ。  ふたりは、再び止まってしまっていた足を動かし始める。自然と歩調は合っていた。 「とりあえず、帰れるかどうかの確認はしなくちゃね」 「私は、帰れずとも構わんが」 「おじいちゃんとおばあちゃんに、どうやって説明するの」 「魔法で誤魔化すことはできる」 「うーん……帰れないなら、一旦そうするしかないのか……」 「今はな。だが、いずれは……魔法を使わず、きちんと話したい」 「……そっか」  魔王の言葉に、ユウマは微笑む。  帰れても帰れなくても、何とかなる気がする。言葉にはしなかったが、そう感じていた。  何より、そういった心配事はさて置き、ユウマは魔王と、もっとたくさん話をしたいと思っていた。  出会ってから毎日話しているのに、と不思議に思いつつも、ユウマと魔王のおしゃべりは、家に着くまで途切れることはなかった。
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