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1日経った肉じゃが
「あの……。お腹空いておられるのでしたら夕飯……食べて行かれませんか?肉じゃが……作ってみました。もし良かったら……ですけど」
「頂こう。いい匂いだ」
一真が言った言葉にホッとして「今、用意しますね?」と遥は器に盛り付けた。
テーブルの上に肉じゃがと白和え、そしてお漬物にほうれん草と豆腐のお味噌汁。
「豪華だな」
「お腹空いちゃって。頂きます」
遥は手を合わせる。それを見て一真も手を合わせて「頂きます」と言った。
お箸を持ったまま遥は一真の様子を伺う。一真は肉じゃがを口に頬張った。
「……どうですか?」
「うむ、じゃがいもが溶けていて1日経った肉じゃがって感じでこれはこれでなかなか美味い」
「はは。1日経った肉じゃが……ですか?ちょっと煮詰め過ぎちゃったな?」
「しかし1日経った肉じゃがなんぞ店では食べられないからな?これはこれで貴重だ」
「それって喜んでいいのかな?」
2人はフフっと笑った。
【何だろう……この空気。悟史と過ごしていた時のゆったりとした空気に……似てる?】
チラッと一真を見た。一真も思わず遥を見る。遥は赤くなりふっと目を逸らした。
その時ピリピリと一真の携帯が鳴り、その電話に出る事で気まずい雰囲気が途切れた。遥はホッとする。
「そうか、今から戻る」
一真は電話を切った。
「遥、悪い。田崎だ。このまま社に戻る」
一真は少しだけ口を付けた肉じゃがを名残り惜しそうに置いてテーブルを立った。
上着を着てネクタイを姿見の前で直す。玄関へ向かい革靴を履いていると遥がモジモジとしている。
「……どうした?」
「あの……これ」
遥は何かが入った紙袋を差し出した。
「……これは?」
「先程の肉じゃがと白和えです。田崎さんと今からお仕事なのでしょう?俺も……秘書なのにお2人の力になれないので……」
一真はそれを受け取る。
「では遠慮なく頂く。ありがとう。田崎もきっとまだ夕食を済ませていないだろうしな」
「田崎さんにも"昼間はありがとうございました"とお伝え下さい」
「分かった。早く風呂に入って寝ろよ?病み上がり……なんだからな」
「はい、行ってらっしゃい」
何気に言った遥の言葉に一真はフッと照れ笑いをした。
家では使用人からの見送りしかなく、やけにそれが新鮮だったからだ。
「昨日はその……酷くして悪かった。行って……くる」
そう言って出て行った。
照れた顔と普段のムッツリとした顔とのギャップに遥は思わずフフッと笑う。
「行ってらっしゃい……か」
少し前までは悟史に向けられていた言葉だったのに……。
今、俺は違う男の人に言っている。
遥の心は複雑に揺れ動いていた。
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