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魅入られて1
お経を放心状態で聞く遥はチラッと親族の席を見た。
ウウッと泣く母親に寄り添うように肩を抱く父親。そして悟史の雰囲気によく似た弟、そして可愛らしい妹ーーー
よくある幸せな家庭環境。
「遥。行くぞ?」
そう言う男は遥の同僚、高須弘明(たかすひろあき)。唯一悟史と遥の関係を知る2人の共通の友人だった。
遥は弘明に支えられながら立ち上がり親族の前に立つ。
「この度はご愁傷様でした」
弘明と共に遥はゆっくり頭を下げる。
「うっ、うぅっ」
そう嗚咽を漏らしながら母親はハンカチで目頭を押さえ軽く頭を下げた。
遥の胸がギュウゥと締め付けられる。
【俺の事なんか……助けなければ悟史は死ななくて済んだのに】
ギュッと数珠を持つ手を握りしめた。
「……遥。後ろつかえてるから」
弘明に連れられ焼香台の前へ行く。
遥は恐る恐る檀上の悟史の遺影を見上げた。短く立てた髪にいつも遥に押し付けてきたジョリジョリとした顎髭。そして眼鏡の奥から覗く優しい瞳……
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
『遥……愛してる』
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そう言って手を背中に回してくる悟史。
【もう一度あの大きな手で抱きしめてほしい】
「悟史……」
【貴方の人生を狂わせた俺を許さないで】
「帰って。帰って下さいっ」
ふと耳に入った大きな声に遥はハッとして振り返った。
悟史の母親の前に眼鏡を掛けたインテリふうな男。
その男の手には白い分厚い封筒が握られている。
「一先ずこちらを。何なら香典として受け取って頂いてもいいのですが……」
「要りません。お引き取り下さい」
遥の耳に周りのヒソヒソ話が聞こえる。
「悟史さんを轢いた方の弁護士ですってよ?」
「まぁ何もこんな所であんなものを……ねぇ」
「当の本人は来ていないのかしら?」
「ぶつかってきた相手ってどうやら資産家の送迎車だっていうじゃないの」
「急いでいたらしくて運転手がカーブを曲がり損なっての事故ですって」
遥はカッと目を見開いた。
「しかし受け取って頂かないとこちらと致しましても……」
遥の唇がブルブルと震えた。
そして咄嗟に母親に押し付ける封筒を引っ掴むと弁護士に向かって力いっぱいそれを投げつけた。
「こんなもの……貰ったって悟史は帰ってこない。悟史を返して……!返してよっ」
遥の怒鳴り声に場内はシーンとする。遥はハァハァと息を荒らげながら涙を零した。
「は……遥。ちょっとこっちへ。すみません、コイツ興奮しちゃって。あっちで休ませます」
弘明は遥の腕を引いて奥の部屋へ連れて行った。
そんな遥をじっと見つめる1人の男ーーー
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