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広すぎる部屋
「貧乏人の癖に……。きっとこれで済まされると思ったのね?」
あーヤダヤダと香織(かおり)は足を組み直す。
「香織。君が……運転手を急がさなければこんな事にはならなかったんじゃないのか?」
一真の言葉に香織は拗ねた。
あの事故を起こした車に同乗していたのは、この香織と一真だった。
一真は思い返した。あれは夕刻。
この香織の買い物に付き合わされた帰りの惨劇。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
『ちょっと急いでよ。パパとのディナーに間に合わないでしょ?』
『は……はい。これでも飛ばしている方なのですが……』
『香織。我儘を言うんじゃない。君が長々と買い物をしていたからだろう?』
『そうだけどぉ。とにかく急いでちょうだい』
オドオドしている運転手にイラつく香織。溜息を付いて一真が正面を向いた時だった。
少し先に子猫を抱いた青年の姿。
一真は驚き、運転手の肩を掴んだ。
『お……おいっ。前を見ろっ。ハンドルを切れっ』
運転手は急いでハンドルを切り、キキキキィーっとタイヤが悲鳴をあげる。
『うわぁぁぁ』
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そして1人の有望な青年が命を落とした。
一真はフゥと溜息をつく。
隣を見ると長い巻き髪を何事も無かったかのように指でクルクルと弄ぶ香織。
【何故こんな女と結婚したのか……】
金の為、名誉の為……そして何よりこの女の父親の"後ろ盾"が欲しい。ただそれだけ。
結婚するまではもう少しはマシだったが……。とんだくわせ者だった。
そんな時ふと頭をよぎる青年ーーー
あの"はるか"という可愛らしい華奢な青年。大金を弁護士に投げつけ啖呵を切った姿に一真は興味を持った。
【もっと"はるか"の事が知りたい】
そう思っていた。
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「ただいま」
遥は誰も居ない部屋に戻る。貰った清めの塩を撒きそして靴を脱いだ。
いつもならーーー
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『遥、お帰り。残業お疲れさん。今日はシチューだよ?早く着替えておいで?』
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そう言ってダイニングからお玉を手にカフェエプロン姿で顔を出す悟史が笑っていて。
【そんな悟史はもう……】
遥がリビングへ向かうとあの時の子猫が二ー二ーと遥の足に纏わりついた。
「サトシ。遅くなってごめんね?寂しかったかい?」
サトシを抱き上げると遥の顔をペロペロと舐めた。
「くすぐったいよ、サトシ」
ギュッと抱きしめる。サトシの温かい体温に自然に涙がポロリと落ちる。
鼻を啜りあげる遥を心配そうにしているのかサトシがじっと見る。
「ごめんね?お腹すいたよね?そうだ、サトシに猫缶買ってきたんだ」
遥は缶詰を開けて小皿に入れると足元に置いた。ムシャムシャと食べるサトシを遥は膝を抱えて眺める。
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