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幸せの中で
【※生死表現、流血シーンあり 観覧注意】
白い薄汚れた子猫が路上へ飛び出した。
遥(はるか)がいち早くそれに気付いてガードレールを飛び越え道路に出ると急いでその子猫を抱き抱えた。
「こらこら……車に轢かれちゃうよ?」
「遥、どうした?」
悟史(さとし)の声に遥が振り返る。
「あ、子猫が道路に飛び出して。ねぇ、コイツ捨て猫みたい。家で飼わない?」
「うーん。家のマンションは"ペット禁止"なんだけど……」
「……そっかぁ」
遥は残念そうに子猫の頭を撫でた。
二ー二ーと鳴く子猫に「ごめんね?」とでも言うように見つめる。
そんな遥を見て悟史はフッと笑った。
「バレないように飼えば……いっか?」
「い……いいの?」
「その代わりちゃんと世話をするんだぞ?拾ったって事はソイツの"人生"……いや、"猫生"?全てをお前が引き受ける事になるんだからな?」
「うん、分かった。やったね、お前は今日から俺んちの子だぞ?」
嬉しそうに抱き上げる遥を見て悟史はにっこりと微笑んだ。
「さ、早く歩道へおいで?危ないから」
「はーい」
遥がそう返事をした時、1台の車がカーブを曲がり損なってキキキキィーとブレーキ音を鳴らして遥に向かって突進してきた。
【え……?】
振り返る遥にスピンしながら車が迫る。
「遥、危ない っ!!」
悟史がガードレールを飛び越えてこちらに走ってくる。次の瞬間、遥は子猫と一緒に路上に吹っ飛んだ。
ドンッという鈍い音が聞こえる。
「痛たたた……」
【な……に?何があったの?】
その時キャアアアアと女性の声がして遥はハッと路上を振り返った。
ザワつく人だかりの中に悟史が人形のように転がっていて頭からドクドクと血が溢れている。
「おい、人がはねられたぞ。誰か救急車っ」
「さ……とし?」
【嘘……】
ヨロヨロと子猫を抱いている遥は悟史に近寄る。
「悟史?……ねぇ、悟史ってばぁ。起きてよ」
それでも悟史は目を閉じたままピクリとも動かない。
「悟史……。悟史……。悟史ぃぃ!」
遥はその体を必死に揺り動かした。
「アンタ何やってるんだ。こういう場合はそっとしておかないと」
そう言って誰かが悟史から遥を引き離した。暫くすると救急車が来て意識のないままの悟史を担架に乗せる。
【ちょっと待って……】
悟史を連れて行かないで……
こうして相馬悟史(そうまさとし)は遥の身代わりにこの世を去った。
享年28歳ーーー
建築設計事務所に務める真面目でとても優しい遥の恋人。
会社の仕事の関係で2年前に遥と知り合い、そして知らず知らずの間に互いに求め合い体を繋いでいた。
「遥……。俺達その……一緒に暮らさないか?」
そう言ってくれたのが3ヶ月前。
「……ダメかな?」
「ううん。よろしくお願いします」
遥は嬉しかった。心から幸せを感じていた。
休みごとに2人で不動産屋を回ること数回目でやっと決めた2人の新居。そこで2人は新しい生活を始め何度も抱き合った。
【ずっとこのままで居られたらいいのに……】
そんな矢先の出来事……
「もうあの日々は戻らない。戻らないんだ」
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