『森の大賢者』

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『森の大賢者』

「いやあ、大変な事になっているねぇ」 「ど、どうしますかお師匠……」  うっすらと開けた扉の隙間から、お師匠、と口にした青年は自身がかけている小さな丸眼鏡のレンズ越しに外を見ていた。  外には救いを求めてやってきた民が、行儀よく並ぶ列が見えた。その最後尾がどこなのか、ここの場所からでは見えない。  この建物は『森の大賢者』と呼ばれる男の家だった。  外に並ぶ者達の服装は様々で、賢者の言葉や術に救いを求め、色々な所から集まってきたのだろう。焦りを隠せない青年を前に、師匠の方は気にすることなく目の前のパンに何のジャムを塗るかを考えながら問いを投げた。 「求められる以上は応えるしかないと思うんだが。君は一体どう思うかね」 「……応えられるのであれば、もちろんそうしたい所です」  緊張の面持ちで師匠の方を振り返り、青年はそう言った。すると、師匠は自身の大きな丸眼鏡の弦に手を当て、その返事に満足そうに頷くと、この庭で取れたものを加工したキイチゴで作ったジャムの瓶を手に取った。 「では頑張りたまえ、私はここでゆったりモーニングを楽しませてもらうよ」 「もう!他人事だと思って……!」 「仕方あるまい。『森の大賢者』亡き今、その任を担っているのは君だろう」  ジャムをパンに目一杯塗りたくりながら、師匠は言う。それを見て青年は、外には聞こえないように小声で、だが力一杯涙目になりながら訴えた。 「本当ならこれ、お師匠の仕事なんですよ……!」 「はっはっは、今は君の仕事だろう」 無理無理無理、あんなにたくさんの人の話とか聞けない、処理できない、絶対無理だ……。  楽しそうに笑う師匠とは対照的に、ブツブツと自身の無さを絶え間なく口からこぼしながら、大きな背中を丸めて扉の横の壁に軽く頭をつけて、ずるずると身体が下がって行く。  それを見た師匠はため息をついた。 そして、綺麗な赤色が塗られた事で表面が宝石のように輝き始めたパンを横に置き、椅子からひょい、と軽い身のこなしで降りる。 「……では聞くが」  師匠が座っていた椅子は、自分自身の足の長さよりも高く、地面に足を付けた今、その背丈は弟子の3分の1ぐらいの大きさだった。もちろん、今目の前にいる彼の弟子が「筋肉質でやたらと大きい」というのもある。  師匠の瞳は大きく、表情は愛らしく、まるで少年のような姿で、大きすぎる服と眼鏡を身に着けていた。  柱と睨めっこしたままの弟子の後ろに音もなく近づき立つと、穏やかな笑みを讃えながら、確かな圧を発しつつ、師匠はこういった。 「誰が今の私を、『森の大賢者』、だと思うのかね?」
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