鬼の一番弟子

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鬼の一番弟子

 そして今日。  外に並んだ長い列の人々の話を、『鬼の賢者』が聞く事になっている。  どうしよう、とまだダリオは扉の隙間から列を見ながら、柱の前でうだうだしていた。一方アイトールは、パンを食べ終えて、コーヒーも飲み干し、共に暮らす赤ん坊姿で何も考える事が今は出来ない勇者をあやしていた。  いつもならそろそろ扉を開けて、人の話を聞きはじめる時間。  直前になっても全く動こうとしないダリオにしびれを切らしたアイトールが、扉を勢いよく開いた。 「ちょ、ちょっと……!?」 「みなさーん、今から整理券を配ります!順番に受け取ってください。『鬼の賢者』様はまだ賢者になって日が浅いので、すぐには処理しきれません!」  にこにこと、そして可愛らしい、見た目に合った少年らしい仕草をしながらアイトールが列の人々に向かって声を張り上げる。 「順番にお呼びしますので、番号の近い方はそのままここで、それ以外の方は一旦離れても大丈夫ですよ!」  突然現れた少年に列の人達は驚いたが、その横に緊張で震える新しい賢者を見つけて、苦笑を浮かべる者もいた。ダリオというオーガの青年が、気が弱くて緊張しがちな事を、この街の人々は知っていたからだった。  それに、この賢者の師弟は知らないが、列の中に混じるこの街の人々は本当に相談したい事を今日は抱えてきていない。  師と友を同時に失った、心優しい隣人のオーガの様子を見に来ているのだ。  だから、そこに居るダリオがいつも通りで安堵した人は多かった。住む人のほとんどが顔見知りであるこの街で、見覚えのない少年が彼の隣に居る。  その事が気になったのか、列の後ろの方から声がした。 「ところで、君は誰だい?」 「えっ……」  しまった、勇者と弟子の事は考えていたが自分の事は何も考えてなかった、とアイトールが一瞬固まる。急に出て行くから、と頭の中が真っ白になるダリオは咄嗟に助け船を出す事はできなかった。  だが、彼とは経験の量が違うアイトールはすぐに、自分の新たな立ち位置を思いつき、朗らかに宣言した。 「私は『鬼の賢者』ダリオ様の、一番弟子のルートです!」  えええええええええええ!?  という驚きは、なんとか口に出さずに抑えた。だが、ダリオが目を見開いてしまったのを見て、アイトールは笑顔で詰め寄った。 「ですよね、お師匠?」 「は……」  今の私に敬語を使うんじゃない、と顔で訴えるアイトールに、目に貯めた涙があふれ出しそうになりながらダリオは答えた。 「……傷心の、私を気にして、ここまでついて来てくれた、一番弟子です」 「王都から来ました!師匠が心配でご挨拶が遅れてすみません、皆様、これからよろしくおねがいしますね!」  人懐っこい笑顔を浮かべながら、見知った顔に深々と頭を下げるアイトールを見つめながら、ダリオは思った。  多分悩みは解決できる。 ―― けれど、自分が生きた心地がしないかもしれない。  見捨てられずに預かった『赤ん坊』。  元気で明るい『一番弟子』。  活動を始めたばかりの頼りない『鬼の賢者』。  それは、忙しいけれど穏やかな日々の始まりだった。
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