決戦の日

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 それは魔王の悪あがきだった。  身体の中ほどまで崩れた状態で、魔王は手の平から紫色の魔方陣を発し、勇者に向けて打ち出した。  間近で魔王を切り付けた勇者は、今までの戦いによる疲労と、最後の一撃でその力の全てを使い果たしていた。経験により術の発動には気付けても、避ける事は叶わず、その身で魔王の術を受け、地に倒れ伏す。  賢者はどうしていたのかと言えば、術に気付いても、目の当たりにしても、動く事は全く出来なかった。  彼もまた、先ほど勇者へと全てを託すための術で力を使い果たしていた。  立っているのもやっとの状態である彼にも、胸まで崩れ始めた魔王は術を打ち出そうと手を翳す。何か発動できる術はないか、疲弊しきって回らない頭を回して対抗策を考える彼の前に、大きな影が立ちはだかる。  目を見開く賢者に、振り返ったオーガの青年は困ったように微笑んでいた。  身体の丈夫な彼ならば、もしかしたら生き残れるかもしれない。  だがそれが淡い希望である事を賢者には理解出来てしまった。  本当は穏やかであり、「臆病なんです」と言ってはばからない青年。  彼を弟子にとってから、それなりの年月が経過していた。  賢者には、彼が何を考えているのか手に取るように分かった。 ―― 貴方は必要とされています。自分は倒れても構わない、逃げて下さい。  魔王の術は今まさに放たれようとしており、不思議とその出来事は賢者の目にはスローモーションのように見えた。幼馴染であった勇者が倒れる直前も、時の流れを遅く感じたが、今はさらに遅く感じていた。 「こんのっ……馬鹿弟子!!」 「えっ!?」  本当に最後に残された力を込めて、賢者は地面を強く蹴り上げ、弟子の肩を踏みつけ、鳥のように天高く飛びあがった。それは、戦闘は得意ではなく、魔力もほとんど残っていない状態の彼に出来る精一杯だった。  魔王にとって、オーガの青年を倒す事の優先順位は低かった。  何よりもはや顔すらも崩れ始めている状態で、外すわけにはいかなかった。  天高く飛びあがった大賢者を狙い、その暗黒の一撃は放たれた。  肩を借りた分、より高く飛び上がる事ができ、その余波は彼の弟子には一切届かなかった。その代わり、賢者は勇者と同じく、その身すべてで、無抵抗に魔王の術を受け、力の入らなくなった身体でただ真っ直ぐに落ちてくる。心配そうに見上げる弟子が無傷であるのを視界の端に捉えた賢者は、そのまま意識を手放した。  自身の術が確かに相手に当たり墜落していく様を見て、魔王は口の端をあげて、風に流され塵となって消えていった。  その事に青年は気づいていなかった。  ただ、今は頭上にあるその人に視線も意識も集中していた。 ―― 一体何が起きているのか。  弟子は短い間に起きた事に頭が追いつかなかった。  今、自分が何をしなければならないのか。  それだけは頭よりも身体が先に反応して、落ちてくる師をその大きな手を広げて迎えに行く。高い場所から落ちて来た事で、強い衝撃が両手にかかり、地面に着けそうになるのを彼は耐えた。  自身を守るために盾となってくれた人物を、落としてなるものか。  普段は垂れ下がり自信なさげな眉を吊り上げ、めったにあげない雄叫びをあげながらオーガの青年は確かに抱きとめた。
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