戻ったのは

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 賢者は生きていた。  術を浴びた直後から、その身体は徐々に縮み始めており、青年が抱きとめた時点で1mも無い大きさになっていた。  この術が一体なんなのか、青年には分からなかった。  だが、彼にはこの場面では使える術があった。  それは師匠であるアイトールから習っていたもしもの時の術。 「何か分からない術をかけられた者が居たら、この術を使うといい」  それはまだ弟子になって日が浅い頃。  彼がどうすればいいか分からず、涙目になりながら抱きかかえて急いで連れてきた少女を助けた後、教えられた術だった。彼は何度もその術で、森の大賢者の所へ向かうまでの人々を救う手伝いをしてきた。  それは、「呪いや術の進行を遅らせる術」。  効果は一時的なものであり、しっかりとした治療が必要になる。  だが、それは時間稼ぎには有効だった。  何度も使った術を、緊張しながら師匠へ祈るようにかける。  手の中で小さくなっていく師匠を震えながら見守り、なんとか術がかかって、手のひらに収まるサイズでその縮小化は止まった。  それを見てひとまず安堵した彼は、ハッとして顔をあげた。 ―― 勇者はどうなったのか。  目の前の師匠を助ける事に必死になった彼だったが、今まで共に過ごしてきた勇者も、彼にとっては当然大事な仲間であった。  もう間に合わないかもしれない。  そう思ったが、師匠を大事に大きな手の平で包み込んだまま、青年は希望を捨てずに足に力を込めて立ち上がる。勇者が魔王から攻撃を受けた場所は、ここから少し階段を上った、玉座の前だった。疲れた足を一歩ずつあげ、そして師匠は落とさない様に気を付けながら、青年は段差を確実に昇る。  もうすぐ勇者が攻撃を受けた場所が見える。  一旦足を止め、深呼吸をし、覚悟を決めて一歩を踏み出してその場を見る。  すると、そこには手の平の中の師匠よりもよほど大きな身体の勇者が居た。  自分が見ているのは夢なのではないか、と片方の手で目をこすり、何度か瞬きをした。頬をつねり、それが現実である事を理解すると、ダリオは勇者に駆け寄った。  よく見てみれば、とてもゆっくりと縮みつつあるのがわかる。どうやら意識はないらしい。触れてみると、師匠と同じく体温はあった。 ―― まだ生きている。  青年は、自身が使える数少ない術を発動させて、勇者への術の進行も遅らせた。何故師匠よりも早く攻撃されていたはずなのに無事だったのか。どうしてこんなにも術が効くのが遅いのか。  気になる事は沢山あったが、それよりも彼は、まず勇者の無事を確保した。  そして、自身の服の中で一番丈夫な上着のポケットの中に二人をしまいこんだ。うっかり落としてはいけないし、この大きさでは鳥や妖精に攫われてしまうかもしれない。間にはポケットの中にあった事で残っていたハンカチを入れてクッション性をあげているし、卵を買って来るときに良く使っている術を潰れない様にする為に使った。  青年なりに一生懸命考えての事だった。  術の進行を遅らせただけであり、このままではいけない。  青年は、ボロボロの身体を引きずり急いで王宮へと向かったのだった。
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