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 翌日。  柿崎が勤務するコンサルティングファームでは、皆が朝から(せわ)しなく、業務にあたっていた。 「田中係長!」柿崎が手招きする。  柿崎の(とげ)のある声色に、周囲がぴりつく。 「はい!」田中が柿崎のデスクに小走りで向かう。 「田中この意向書さ、甘いんだよ。こないだも言ったよな?」書類を指先で乱暴に叩く。 「はい……すみません……」 「この仕事何年目だよ……ったく」  柿崎と田中は同期入社で、成績優秀な柿崎は二年前、同期の先陣を切って課長に昇進した。 「すぐ直してくれ」投げるように書類を突っ返す。 「次、中野主任。LBOの進捗は?」 「はい! 今うかがいます!」  中野の報告を「もういい」と、柿崎がさえぎる。 「中野さぁ、言い訳じゃなくて報告しろって言ってんだよ。暇じゃないんだよ、私は」 「すみません……報告のつもりですが……」 「報告じゃないだろ! こないだ打ち合わせた条件、引き出せてないだろ。それをやれよ!」 「……はい、申し訳ありません……」  席に戻った中野に「中野主任、大丈夫?」と、田中が気遣う。 「はい……」 「中野主任はよくやってるよ。LBOは簡単な仕事じゃない。引き継いで間もないし」 「ありがとうございます……辞めた吉川の気持ちがわかりますよ」力なく笑う。  同じ課の吉川は先月、柿崎に怒鳴られたあと退職した。中野は吉川の仕事を引き継いだことで、仕事量が倍になっていた。 「なんとか増員するよう、私からも掛け合ってるから」 「はい……」  中野は「どうせまた辞めますよ」と喉まで出かかったが、飲み込んだ。  今年に入り柿崎の課では、すでに二人退職していた。
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