その11.キス

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その11.キス

「ぱぱ……くちびるにする“きす”って、すきなひとにするの?」  ソファに座る俺の膝の上によじ登り、口元をじっと見ていたかと思えば突然そんな事を言い出した優。  驚きのあまり、たったいま口に含んだ珈琲を吹き出す。もちろん優には当てるわけがない。 「ゴホッ! ま、まあ、そうだな。本当に好きな相手とするものだな」 「じゃあゆう、ぱぱに“きす”する!」  Oh……何という出血大サービス。明日の晩ご飯は寿司にしよう。明後日はステーキだな。  しかし「是非ともお願いします」と言いかけて口を閉じる。確かに俺は優が好きだ、大好きだ。むしろ愛してる。優ラブだ。  だがキスはいけないだろう。頬やら額ならまだしも、唇はダメだ。 「……優。唇にするキスはな、本当に心の底から好き同士になった相手とするものだ」 「……? ゆうはぱぱがだいすきだよ? ぱぱは、ゆうがきらい……?」 「そんなわけないだろもちろん大好きだ世界一愛してる」  大きな瞳に滲む涙を指で拭う。 「そうじゃなくてな、結婚する人とするものなんだよ」 「わかった! ゆう、ぱぱとけっこんする!」 (こうして二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。完)  いや、終われない。  まだ5歳の優にはどうにも難しい話らしい。  残念ながら俺とは結婚できないことと、それがどれだけ残念なか。優の母であり俺の妻である翠を今もどれだけ愛しているか、likeとloveの違いを懇切丁寧に説明すると、一応は納得してくれた様子だった。 ***  翌日の夕方。  仕事が終わり家へ帰ると、玄関の扉を開けても誰も来ず(ちょっと泣きそうになった)静まり返っていた。  もしかすると優が眠っている可能性もあるため、足音を立てないように気を付けながらリビングまで行き中を覗く。  そこには、ソファに寝転がり寝息を立てる樹久と、そんなロリコンの顔に自分の顔を近づける優の姿があった。 ***  夢の中で、唇に柔らかな感触がする。薄く目を開けると、そこにはマイエンジェルである優ちゃんの顔が。 (……あれ? 俺、優ちゃんにキスされた? あっ、そうかわかったぞ……ただの夢だな、コレ……そうだ、間違いない……)  再び瞼を閉じ、夢の中へ逃避する。  ふわふわ遠のく意識の中で、優ちゃんの可愛い声が耳に届いた。 「ゆう、きっちゃんがだいすきだよ」  俺も大好きさマイエンジェル。 「ゆうね? おおきくなったら、きっちゃんとけっこんするの」  そうかそうか、大きくなったらきっちゃんと結婚s……ん?結婚?え?  誰が?いつ?どこで?誰と?何をした?5W1Yプリーズ。  ええっと、つまり……優ちゃんが大きくなって結婚したいのは、俺……けっこん……俺と? 「……!? 結婚!?」 「よう、起きたか虫けら」  目が覚めるなり良い声で罵倒されたんだけど何コレ泣いていい?  勢い良く起き上がると、真也は向かい側にあるソファでくつろいでおり、優ちゃんは真也の膝を枕にして天使のような可愛さですやすやと眠っている。 「……しっ、真也、聞いてくれ! 優ちゃんが夢の中で俺にキスをしてくれてそんでもって大きくなったら俺と結婚するって愛の告白をさぁ!! これ正夢かな!? 信じていいかな、俺!?」 「そうか、よかったな」 (……ん? あれ?)  自分で言っておいてなんだが、優ちゃんとキスしただの結婚するだの地雷原で踊り狂いながらNGワードを連発したというのに、真也は怒らないどころか真顔でテレビを見ていた。 「……あ、あのー……怒らないんですか? 真也お父様……」 「怒らねーよ。まあ……お前になら、優を任せられるしな」 「……はい?」 「優を心身共に大事にしてくれる。それに、優も気に入ってる……嫁ぎ先がお前なら、俺は安心できる」 「……」  40度越えの熱でもあるのではなかろうかと真也の額に片手を当て、自分の体温と比べる。瞬間、手首を掴まれて曲がってはいけない方向へ捻られた。 「あのー……真也。俺、ちょっと耳鼻科と脳外科に」 「はっ倒すぞ。真面目な話してんだよ、ちゃんと聞け。いいか? 俺は、この世でただ一人。お前になら、自分の命より大切な優を任せられると本気で思ってる」  いつになく真剣な眼差しと声音。  そうか……真也もようやく優ちゃんの将来を真面目に考え始めたのか。 「えっとー、つまり……公認、ってこと?」 「……そうなるな」  よっしゃあ!と叫んでガッツポーズをした瞬間、テレビのリモコンを投げられ眉間ど真ん中に命中した。  なになに?ツンデレ?デレツン?  同時に、優ちゃんが目を覚ます。俺と視線が交わった瞬間にふにゃりと微笑まれ、あまりの眩しさで目が潰れるかと思った。 「おはよう〜きっちゃん〜」 「おはよう優ちゃん! あのな、さっき真也パパに優ちゃんと俺の結婚を認め……い、いだだだだっ! ぐるじい! パパ上!! いだぐるじいでず!!」
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