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前日譚 巡り合う歯車
あの衝撃的な小説が出版されてから、早1年。また本屋に寄ったところ、今度はミステリー大賞を獲得したというあの作家…紺野 真先生の本が積まれていた。前回の本でファンとなった私は、迷うことなくレジに向かい買っていく。本屋を出た後、後ろを振り返った。
書店員が紺野先生の本を全部回収していた。
私はまだ、彼に起こることなんて想像すらしていなかったのだから。
***
お久しぶりですね。この本の作者・紺野 真です。デビュー作に続き、今度はミステリー大賞を頂き、あとがきを担当させて頂きます。今回の作品は、執筆するのに少し手こずってしまった作品なんです。
デビュー作のあとがき通り、僕の小説は実体験を綺麗に物語にしているのです。グロテスクな表現を少なく、尚且つ、どの世代にも読みやすく書いています。それが今回は、少々グロテスクになってしまいました…。書く為に夢中で、いつも以上に頑張って作業をしたので…。それに、僕の友人は皆居なくなってしまったんです。それで色々と、発散出来なくなってしまい、発売日を過ぎてしまって、ファンの皆さんにはご迷惑をおかけします。
さて、内容をおさらいしていきましょうか。今回も、主人公は大学生・今野。世間を騒がす、チェーンソー殺人鬼と出くわし、犯人に監禁されてしまう。日々、目の前で繰り返される殺人に、次第に今野は精神を病み始めます。何を血迷ったのか、今野は犯人がいない隙に、檻をピッキングで脱出。警察へ逃げ込もうとしますが、叶わず。殺人鬼に路地裏へ連れ込まれ、「永遠の夢を」と言われ殺される…。主人公が死ぬと言う、壮絶なラストでしたね。次回作は、新たな主人公を…と思っていたのですが、時間切れですね。僕を"お迎え"に来た方々が居るので、この辺でお別れです。
僕が今居るのは、主人公が逃げた路地裏。僕の顔には、紅い"インク"が着いてしまいました…。まぁ、彼らの目的地に着いたら、着替えさせてくれるでしょう。安心してください。この本は、何が何でも、出版させますから。どんな手を使ってもね。
それでは、いつかまた逢う日まで。永遠の夢を。
***
「速報です。昨夜、殺人・監禁、恐喝、殺人教唆等の容疑で、若手ベストセラー作家として注目を集めていた紺野真容疑者が逮捕されました。警察によりますと、容疑を認めているとの事です。繰り返します…」
それは突然だった。大ファンである作家の紺野真先生が逮捕された。それは、瞬く間に世間に知れ渡り、"殺人作家"と呼ばれるようになった。それでも、私は彼のファン。昨年のデビュー作「絶壁の断罪」は1000万部突破のベストセラー。それを読んだ私は、強い衝撃を受けた。良くこんな現象を「雷に打たれたような」とか言うのだろうけど、それ以上だった。
それに今なら分かる。何故、書店員が彼の本を回収していたのかも。既に店頭には彼が犯罪者であることが伝わったのだろう。
だとしても、彼の才能はホンモノだ。作家としても、殺人鬼・サイコパスとしても。彼はまだ25歳。私よりも、2歳上なだけ。彼はまだ拘置所に居るはず。私はバッグを手に取り、中に"偽の名刺"を入れて、家を出た。
拘置所に入り、偽名刺を渡すとあっさりと通されてしまった。警備が軽くて助かる。面会室に入り椅子で待っていると、警察官に連れられ、紺野先生が入ってきた。
「紺野真先生、ですよね?弁護士の、」
「天宮瑠衣さん、ですね?」
紺野先生は、私の"本名"を一瞬で当てた。
「何故、私の名前をご存知で?あの名刺を渡していたはず」
「"殺人作家"を舐めないで下さいね。僕の情報網は多岐に渡る。貴女の本名は、情報屋が知っていたんですよ。貴女は様々な名前を用い、"詐欺"等を働いているようですね。この僕に、何か要件が?」
スっと息を吸い込み、私は口を開いた。
「先生、貴方の弟子にして下さい」
沈黙が満ちる。その時間が、10分、20分にも感じた。唐突にフっと先生は笑った。
「それはどっちの弟子です?作家としてか、それとも、"殺し屋"としてか」
先生の瞳は、暗く冷たい色をしていた。それはきっと、"本業"の殺し屋としての瞳。先生が拘置所に居なければ、私は一瞬で切り裂かれていただろう。私の答えは1つだ。
「殺しを、私に教えて下さい。先生」
ほう、と何処か挑戦的に見詰めてきた。
「ならば、僕に魂を売ってください」
「た、たましい?」
「ええ、本当に覚悟があって闇に染まるのなら、魂を僕に売りなさい。売れないのならお引き取りを」
先生は、私がすぐ帰ると思っているんだろう。でも、その逆だ。
「売ります。先生に、魂を売ります!」
先生は、立ち上がり、私の目をずっと見てきた。全てを見透かされそうな気がして、足が竦む。でも、怯む訳にはいかない。先生は座り直して、合格、とだけ言った。
「は、え?」
「だから、合格と言ったんです。今日から、貴女は僕の駒です。僕の言う事は絶対服従、裏切ったら即処刑。良いか」
有無を言わせない瞳に、私は頷いた。
「宜しい。では、まず手始めに僕をここから出して下さい。金は僕の事務所に有りますから、ここに持ってきて釈放して下さい。それが貴女の初任務です」
バッグからブザー音がして、スマートフォンを見ると知らない番号とアカウントが入っていた。そして、地図に赤い丸が着いている。
「僕の駒が、貴女のスマホにアカウントと、GPSを付けました。その、赤い丸の位置が僕の、いや、僕らの事務所です。さぁ、瑠衣。行ってらっしゃい」
そう言うと、先生は面会室を出ていった。
その後、ニュースで、紺野 真が釈放されたと報道され、世間を騒がした。
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