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1滴目 釈放後の初任務
「ありがとうございました。お陰でいつもの服装に戻れましたよ。ちゃんと任務を全うして、偉い偉い」
真っ黒なスーツに、ネクタイ、革靴と言う堅い雰囲気を纏った先生はそう言うと、私の頭を撫でてきた。まるで、幼子をあやす様に。
「ここに座ってくれて構いませんよ」
先生の視線の先には、黒塗りのソファ。先生に、お礼を言うと柔らかく笑い、先生は執務机に、私はソファに腰を下ろした。フカフカとしてとても座り心地が良い。執務室にはアンティーク雑貨が揃い、長の権力を思わせる。
「では早速、僕の右腕となってくれている駒を紹介しますよ。来なさい」
木製のドアがゆっくりと開くと、長身の男性が執務室に入って来た。180cmはあるだろうか。細身の長身で、先生と似た黒いスーツに、黒縁眼鏡。先生よりも冷たい雰囲気を纏っている彼は、私の目の前のソファに腰を下ろした。
「彼の名前は、夜野 遥くん。年齢は僕と同じ25歳。僕と一緒に前線に出て、良く働いてくれますよ。僕だけでなく、遥からも色々と教わって下さい」
男性で「遥」と言う名前は中々見かけないものだから、女の子みたいだなぁと思っていると、夜野さんは私を少し睨んできた。
「おい、天宮瑠衣」
「は、はい!何でしょうか!」
「お前、俺の名前聞いて、女子みたいだとか思っただろ」
「ひっ!そ、その、申し訳ありませんでした」
咄嗟に、目を瞑って謝った。下手したら殺されてしまうと思ったから。でも、夜野さんは溜息をついて、
「もう、慣れたから別に良い。どっかのサイコパスが散々、遥ちゃん、遥ちゃんって呼んできてたからな」
夜野さんが先生に睨みをきかせながら言うと、先生はフフっと笑って答えた。
「もう10年も昔の話じゃないですか。遥ちゃん」
ふん!っと言って、夜野さんは不貞腐れてしまったようだ。やっぱり先生が原因なんだ…。私が何とかしようと思い、アワアワしていると、
「遥は出会った時から、おちょくるといつもこんな感じになるんです。瑠衣も慣れておいてくださいね。あ、そうそう。遥ちゃん、瑠衣に例のモノを」
「遥ちゃんやめろ!!はぁ…、これやるよ」
夜野さんが、先生に一喝入れた後、スーツの胸ポケットから、拳銃とナイフを取り出して、私の目の前に置いた。
「貴女も、殺し屋の一員となったのですから、武器も必要です。取り敢えず、拳銃とナイフを用意しました。ナイフはベルトで太腿に付けといて下さい。スカートで丁度隠れますから」
試しに拳銃を持ってみる。初めて持ったそれは、強い重りを感じる。鉛玉のせいなのか、はたまた、別のナニカなのか。物思いに耽っていると先生から声が掛かった。
「瑠衣、貴女に任務を与えます。裏切った駒の処分です。そいつはここから逃げて逃走中。発見し次第、殺って構いません。ところで、僕と遥、どちらと行きますか?まだ、ちゃんと殺れるか不安でしょう。好きな方を選んで下さいね。あ、僕を選ばなかったからと言って、殺しはしませんよ」
「はぁ…さっさと決めろ」
ど、どうしよう…。先生の殺り方も見てみたいし、夜野さんのも…。んー!!どっちが良いだろう…?けど、やっぱりここは夜野さんに着いていこうかな。
「じゃ、じゃあ、夜野さんと行きたいです」
「なんでだよ」
素直に答えを言うと、即本人が突っかかってきた。
「えっと…、先生の殺り方も見てみたいですけど、夜野さんのも、気になって」
「うんうん。そうですよね〜。それじゃ、遥。瑠衣の事を宜しくお願いしますね。では、行ってらっしゃい」
先生はそう言うと、手をヒラヒラと振っていた。そして、静かに礼をして執務室から出た。
「か、かなりの街、ですね」
「こう言う場所だと、雲隠れしやすいからな。逃走と言っても、彼奴は気が小さ過ぎる。たいして遠くへは行ってない筈だ」
夜野さんは、さらに眼光を強め、騒がしい街を見渡している。はぐれない為に、ずっと側から離れないようにしないと…。ふと、夜野さんの横顔を見て綺麗だなぁって感じる。先生も端正な顔立ちをしているが、それとも違う雰囲気でかっこいいと思う。見蕩れていると少し睨まれて、
「何見てんだよ」
「い、いえ、何でもないです!」
見蕩れてたとか言えない…!!しかも、任務中になんて…!!
「はぁ…、お前もちゃんと探しとけ」
「は、はい!!」
そう答えて、先生から貰った資料をめくる。若宮と言う男で、顔に数箇所切り傷が残っている。手掛かりを頼りに、2人で見ていると、写真と同じ人物が、不審な動きをしている所を見た。
「夜野さん、彼処に…!」
「っ!あぁ、彼奴だな。でかした、行くぞ」
追いに行く時に、夜野さんが私の頭を、ポンっとして行った。や、役に立てたんだ!私も夜野さんの後を追って行った。
若宮の背後に近付く。彼が、倉庫に入って行くのを見て、夜野さんが若宮の肩に手を置いた。
「おい、裏切り者。どういう事だ」
「か、幹部!?な、何故ここに!!」
「はっ!今更、お前に幹部とか呼ばれる筋合いはねぇよ。何故裏切ったのか、吐け!!」
ここまで声を張り上げた、夜野さんは初めて見た。今すぐ、若宮にナイフを突き刺しそうな勢いだ。
「嫌気が差したんだよ!!首領にも、お前にも!!魂を売る?そんな事出来るわけないだろ!!裏切ってさっさと自分の組織を作ってやるんだよ!!」
「てめぇ…、俺らを騙してたってのか!!」
「あぁそうだよ!!お前だって、現首領よりもあの組織を回せる筈だ!!彼奴を殺れば、」
「黙れ!!!首領の…、真の侮辱は絶対に許さねぇ!!!望み通り今すぐ、ぅ…」
若宮の胸倉を掴んでいた、夜野さんの手がずり落ちた。若宮の手には血のついたナイフ。若宮は倉庫の奥に進んで行く。
「夜野さん!!!」
夜野さんは、荒々しく息をしていて苦しそうだ。
「俺は、大丈夫だ…。はぁはぁ…、瑠衣早く彼奴を殺れ」
私は、拳銃の安全装置を外し、若宮を狙う。でも、
「お嬢ちゃん、それ以上近付くと、2人ともここで死ぬぞ」
はっと後ろを見ると、若宮の仲間だと思われる奴等に囲まれていた。
「そこの弱っちい幹部は、深手を負って、お嬢ちゃん1人で何が出来るんだ?俺らを全員殺るか?」
無理だ…。先生も居なければ、感情的になった事で、不意打ちを食らい夜野さんは刺された。私だけでは何も…。
「あらあら、随分と楽しそうにしてますね〜。僕も混ぜて下さいな」
倉庫の扉の前には、先生が冷たい笑みをしながら立っている。その両手には…ナイフが合わせて6本ある。
「首領が態々やって来たんですか。お前ら、相手してやれよ!」
「フフ、裏切った駒に、首領なんて言われたくないですね〜。遥ちゃんと瑠衣がお楽しみを取っておいてくれましたので、それの感謝と、僕に喧嘩を売った度胸に敬意を払って、思いっきり殺りますね」
夜野さんを抱き起こして、容態を確認すると、だいぶ止血されていた。意識も戻り始め2人で、先生を見る。威勢の良かった奴等は、先生によって容易く斬られていく。その時の先生は嬉々とした表情で、この瞬間を楽しんでいた。辺りは鮮血の海と化している。
「さぁ!!トドメだ!!良い夢を!!」
若宮の首にナイフを突き立て、完全に鎮圧した。私達にも血飛沫が飛んで来たが、先生の方がさらに血みどろが酷い。スーツにも額にも、返り血が飛び散っているのを見て、私は何故かドキドキした。
「フー、楽しかったです。全く、盗聴器を仕掛けていなかったら、どうなっていたか…」
「え、盗聴器…?」
「瑠衣のナイフに仕込んでおいたんですよ、役に立って良かったです。それと、遥。感情的になるなといつも言ってるでしょう…」
「俺は、お前の事言われると、はぁ…はぁ、そうなるんだよ」
「解ってますよ。まぁ、嬉しかったです。遥が言い返してくれて…あの頃と変わらない。それじゃあ、戻りましょう。裏に車を止めているので」
先生は、夜野さんの左肩を担ぎ、私は右肩を。ゆっくりと、車に戻り事務所へ帰還した。
事務所の休養室で、夜野さんを治療して休ませた後。私は先生から執務室に呼び出され、執務机の前に居た。
「今回はちょっと甘く見ていました。僕の不覚です」
「い、いえ!もっと私がちゃんとしていれば…」
「貴女は人を殺った事が無かったでしょう。次、頑張ってくれれば良いですよ」
「は、はい」
では早速、と先生は資料の束を渡してきた。
「次は、闇カジノに潜入して長を潰して欲しいんです。これは僕達の組織に被害が出かねないので、一番の最適解ですよ。で、それにあたって、瑠衣に変装をして欲しいんです」
「へ、変装!?」
「えぇ、カジノなので、それ相応の服装でないと…。今、遥は療養中なので、僕と行って貰うのですが、迷ってまして…」
「何に、ですか?」
すると机の下から、2着のショートドレスを出して私に見せた。
「この、清楚系のショートドレスか、少しセクシーなショートドレスかで迷っているんです…。僕はどちらも着せたいのですが…、どっちが良いですか?」
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