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11話
完全招待制サイト【クゥクーシカ】
一見するとマッチングアプリの様相を呈しており、様々なルームでは見知らぬもの同士が気軽にチャットを楽しんでいるようだった。
「まあ、こっちはフェイクなんすけどね。」
そう言って、椅子を奪われた三條が、牟田の横からマウスを操ると、画面が一瞬暗転し、先程までの明るい雰囲気を一掃した。
そして機械的なロゴで、
『ドッペルゲンガーとの対話を求めるお客様へ』
との文字がおどろおどろしく浮かびあがる。
その瞬間に、三條はパソコンの主電源を落とした。
「…どういうことだ?」
「何回線か経由させてたけど、相手側にアクセス情報が飛ぶんで、一応、追跡防止に電源落としました。まあ、もう足跡残ったでしょうけどね。」
椅子を奪われている三條は立ったまま、少し焦った面持ちでコーヒーを啜る。
「で?この危なっかしいサイトは何なの?」
牟田は腕を組んだまま、真っ黒い画面に写る三條に問う。三條はチュッパチャプスを再び咥えて、持っていたマグカップを机に置いた。
「最初に見た表サイトではマッチングを目的としたチャットが主っすけど、暗転後の裏サイトは、実質運営側との一対一の対話になります。」
「うんうん、それで?」
「その目的は、自身の分身の作成。」
「分身?」
「【クゥクーシカ】は、アンドロイドを受注発注するサイトなんすよ。」
「はあ?」
俄には信じがたい非現実的なワードに、牟田は薄ら笑いを浮かべる。
「なんだよそれ。そんなことが現実社会で起こってるわけないよね。…アンドロイドとかってそんな、なあ、SFとかじゃないんだから。」
そして牟田は三條に問うでもなく呟いた。
三條は予想通りの牟田の反応に若干落胆しながら、
「『信じられない』『あり得ない』が起こり得るから、この案件は容易に人の目に触れさせてはいけないし、安易に口外すれば、命を脅かされかねない。」
「………」
「【クゥクーシカ】の本社は海外にあると言われています。某国における国家プロジェクトの一端を担っている会社なんです。」
「国家プロジェクト?」
「あくまで噂ですが、…まあ簡単に言えば不老不死の実現すね。自身を投影した精巧なアンドロイドを作成することで、『自分』の支配下を未来永劫繋げることが本来の目的らしいんすけど、」
「………」
「そこから派生した傘下の民間企業が、自分そっくりのアンドロイドを作成、レンタルするようになったみたいっす。資金集めの一端として。」
「……」
嘘だろうと笑い飛ばすには、三條の面持ちが真剣すぎた。
「……」
牟田は口を紡いでデスクトップの画面越しに三條を伺う。
三條はチュッパチャプスをガリガリと噛み砕いていた。
「…………」
日常からかけ離れた案件。
ゆえに触れてはならないブラックボックス。
その事実に牟田は思い至り、それでも、声を潜めて真っ黒なデスクトップにあえて問う。
「そんな事案が、一般的な主婦の間でも起こりえているって言うのか?」
「覚醒剤が必ずヤクザの絡む事案だった時代が過去の話なのと同じでしょう。」
「非日常が日常に紛れ込んでても、当事者以外は気がつかないが、…まあ、そうか。」
「今は、あくまで可能性があるのではと疑った段階です。でも、あのマルタイの行動履歴は、…『人間』の所業とは思えない。…ですが、今回の件は、俺が先走りすぎました。すみません。」
「うん。…それでハッキングしちゃったんだね。このパソコンで。」
三條の、チュッパチャップスをガリガリ噛んでいた顎が止まる。
そして観念したように項垂れた。
「…はい。アンドロイドのレンタルの噂は前から知ってたんすけど、思いの外、深入りしてしまって、…すみません。」
「いや、構わんよ。これが『事実』なら、事態が動くだろうしね、」
牟田は腕を組んだまま、しばらく考えた後、
「でも三條君、君はしばらく八反田に指示を仰いで身を隠しなさい。…君は『止まり木』のエースなんだからね。」
振り返って三條を見遣り、穏やかな眼差しで微笑んだ。
「………っ」
三條はみるみる顔を歪めていき、
「出過ぎた真似をしてすみませんでした。」
と深く頭を下げた。
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