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16話
牟田の通報で駆けつけた警察により、井上の旦那の聞き込みが行われている。その隙に、三好は控えていた女性警察官に話しかけた。
三好は自身の名刺を差し出し、井上と、その娘、沙織の身柄の安全を確保したいと訴えているようだ。
(あっちはあいつで大丈夫だな。)
軽く安堵しながら、牟田は呼んでおいたタクシーに朋美と沙織を乗り込ませ、自身もタクシーへと乗り込もうと助手席に手をかけた。
「……?」
しかしその時、確かに視線を感じ、徐に顔を上げる。そこで牟田はこちらをじっと見据える井上と目が合った。
井上は、何かしらを言いかけて、しかし悲痛な表情のまま俯く。
その井上の左の頬は赤く腫れていた。
「…すみません、少し待機でお願いします。」
牟田はタクシーの運転手にそう告げると、女性警察官と話し終えそうな三好に目配せして井上の身の安全を早急に促すが、
(……俺に、話があるのか?)
井上はチラリチラリと牟田ばかりを見る。
その様を目の当たりにして、牟田は三好に井上を別の場所へと移動するよう指で合図し、敏い三好はそれに頷いた。そのまま三好は井上を支えるように公園脇に停めていた白い社用車へと誘導する。
「………」
牟田は警察と話している井上の旦那の視線の先がこちらへ向いていない隙に、公園脇まで一気に走った。
「すまんね、三好さん。あとで合流するから、娘たちを頼めるか?」
「もちろんです。」
社用車の鍵を牟田に手渡しながら、三好は急ぎタクシーのもとへと駆けて行った。
※ ※ ※
「こんな大騒ぎになって、…私たちは、あそこでもう、今まで通りには暮らせませんね。」
後部座席の井上が、まず最初に気にしたのは、平穏が崩壊した事実。
「…警察を呼ばないと、あなた方の安全を僕らも確保できませんでしたから、」
「助けてなんて、…言ってませんよ。」
それは静かで、そしてとても弱々しい声。
本心の矛先がわからず、牟田はミラー越しに井上を見た。井上は無表情のまま外ばかり見ている。
「でも、娘さんは助けを求めていましたよ。お友達に。」
「…朋美ちゃんは、私が憎いはずだから、…邪魔をしただけじゃないんですか?」
「邪魔を?朋美さんは助けようとしたんですよ?」
「私たちが『家族ごっこ』しているのが、馬鹿げて見えたんですよ。…うちも、『偽り』だから。」
話が噛み合わない。
牟田は嫌悪感に近い違和感の中でそっと嘆息した。
「井上さん、朋美さんは純粋にあなた方の心配をしておられましたよ。それこそ、涙を流すほどに。あなたの家にまで駆けつけて、外でずっと僕らの到着を待っていた。…あなた方の生活の邪魔をしようなんて思うはずがない。」
「………」
「たとえ、あなた方夫婦間が『偽り』、ようは仮面夫婦と言いたいのでしょうか、まあそのような関係だったとしても、子供たちにはそもそもその部分はある意味関係がない。単純に、子供らは親が仲違いしていれば不安になるし恐怖を感じる。」
「………」
「まあ、とはいえ僕自身は正直な話、親にそこまで期待してくれるなと言いたいですけどね。所詮、人間なんだし。」
牟田は自嘲に近い笑みを溢す。
だが井上はただ俯くばかり。
「………」
言葉を納めて牟田は、視線を前に投げた。
自暴自棄になっている相手には、言葉はただの凶器にしかならない時もある。
まして牟田は一度井上の反感を買っているのだ。
だからこそ、本来ならば井上の身柄確保は三好がするべきだと考えていた。
だが、井上は牟田に救いを求めた。
(このまま、やり過ごすことが望みなら、そもそも俺に救いは求めない。)
徐に、牟田は左へとウインカーを出すと、中規模の商業施設の立体駐車場へと車を走らせた。
薄暗い立体駐車場内をぐるぐると上へと上がっていく。そして7階、車も疎らな閑散とした駐車スペースの一角に車を停めた。
「………」
エンジンを切り、再びミラー越しに井上を見遣る。
「罪悪感がおありなんですか?末安さん親子に。」
核心とわかってあえて問う。
闇に飲まれそうな車内で、ゆるゆると顔をもたげた井上は、ミラー越しに牟田を見ながら、ようやく辛そうに泣いた。
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