最終話

1/1
前へ
/22ページ
次へ

最終話

 銀髪の女は、末安雫枝だった「何か」を助手席から連れ出すと、手を繋いだまま自身の乗ってきたバイクに股がり、その後ろに沿わせる形で「何か」を乗せた。「何か」は当然のように銀髪の女の腰に手を回す。  そのままバイクは走り去っていった。 「………」  残された牟田はスーツのポケットに入れていた自身のスマホの電源を入れる。  闇の中にあって画面は煌々と光だして目に痛い。黒い目を細めて画面を見下ろし、牟田は見知った番号の通話ボタンを押した。 『…はい。』  電話に出たのは、沈んだ声の末安朋美だった。      ※ ※ ※  一週間後。  未だ末安雫枝は戻らない。   『それがお母さんの意思なら、…私たちはどうすることもできません。』  あの日、末安雫枝がやはり何者かと入れ代わっていた事実を伝えると、末安朋美は静かな声でそう言った。  受け入れるしかないと、覚悟はとうについていたに違いない。 「………」  逃げ出したいほど追い詰められた母親は、それでも自身の身代わりを置いて出ていった。  それが意味するものが愛なのか自己満足なのかは、牟田にはわからない。  結局、何一つ解決しないまま、牟田の仕事はここで頓挫した。      ※ ※ ※ 「おはようございます、所長。」  その日、事務所の薄っぺらいドアを開けると、三條がパソコンの前に座っていた。  相変わらず、チュッパチャプスを口にして。 「おー、三條君、戻ったの?バカンスはどうだった?リフレッシュできた?」 「…バカンスとか口にする人はじめて見ましたよ。」 「え、そうなの?今、言わないの?」 「昔もそうそう言わないすよ。日本人は。」 「そうだねぇ。働きすぎなんだよねぇ。昔も今も。」  牟田は出社の途中で買ったスポーツ新聞を片手に、自身のデスクまで歩を進めると、中古の椅子に腰かけた。すると、 「で、所長、例の件はどうなったんすか?八反田先生も教えてくれなかったけど。」  三條がパソコンを見据えたままぞんざいに聞いてきた。その態度に思わず笑みが漏れる。 「何も。何も解決しなかったよ。」 「はあ?またタダ働きしたんすか!?俺の給料どうなるんですか!」  ようやく牟田を見た三條は、色素の薄い赤っぽい目を丸くした。しかしすぐさま三角に尖る。 「いやだなぁ、三條君。…今から頑張るんじゃないの。」  その鋭い眼差しを避けるように、牟田はそそくさとスマホを開き、 「ほらほら見て見て、八反田から離婚調停用の調査依頼来てたよ!」 「…結局八反田先生頼みじゃねえすか。」 「縁故は大事だよ。三條君。…人間が、生身で生きるためにはね。」 「………」  呆れた三條は何も応えない。  静寂の中で、不意に窓の外から鳥の声が谺する。  牟田はゆっくりと振り返った。 「………」    カッコウは、自分で卵を育てない。  だからといって、カッコウに愛がないとは誰にも言えないだろう。   (…真実なんてのは、人の数だけ存在するのが世の常だ。)  牟田は自嘲気味に笑いながら視線を戻すと、いつものようにスポーツ新聞を広げ、いつものようにメロンパンの封を開けた。              了  
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加