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4.完了
これは話術だ。
この子はプロファイルをにあるとおり、大人しい小娘に見える。でも実際の知能は大人以上なんじゃないか? 現にこうやって巧みに俺を誘導して、殺されまいとしている。
危ない。こいつには何か特別な力があるに違いない。あの疑り深いボスが殺しを依頼した理由も、きっとそこにあるに違いない。
「あやうく引っかかる所だった。考え直す必要なんてない。俺の望みは金を頂くこと。金をもらうには標的を殺さなきゃならない。つまり、俺自身があんたを殺したいってことさ」
殺し屋の結論を聞いて、少女はため息をついた。
「そうですか。では仕方がないですね。どうぞ殺して下さい」
少女のやけに潔い返事に、殺し屋は拍子抜けた。いや、駄目だ。このムードに惑わされてはいけない。
「後ろを向け。すぐに終わらせてやる」
抵抗はなかった。少女はパジャマから伸びた白いうなじを殺し屋に向けると、祈るようにベッドの上に座った。
さっさと仕事を終わらせよう。殺し屋は深い呼吸を繰り返して、点穴に必要な気を練り始めた。
「最後に……」
後ろを向いたままの少女から、声が聞こえた。
「なんだ?」
集中を邪魔されるのを嫌って、殺し屋は語気荒く訊いた。
「どうか一度だけ、私をここから……。いえ、ごめんなさい。何でもありません。忘れて下さい……さあ、お願いします」
殺し屋の気が十分に高まった。打つ場所はもう決めてある。多少の苦しみはあるが、瞬時に絶命させられる秘伝のツボだった。
中指を尖らせた拳を振り上げると、殺し屋は躊躇なく背中に向かって一撃を打ち込んだ。
少女の顔が苦痛に歪んだ。うつ伏せに倒れ痙攣するがそれもわずかな時間で、小さな体は動かなくなった。
「完了」
殺し屋は念のため少女の首に手を当てた。脈は止まっている。仕事は完璧だった。そしてこの場所にもう用は無い。
部屋を立ち去ろうとした殺し屋だったが、急に足が止まった。
じっと床を見ていた彼は、とつぜん踵を返し部屋の奥へと歩いた。
息の耐えた少女を抱きかかえ、静かにベッドの上に横たわらせた。頭の下に枕を敷き、白いシーツを被せてやった。
暗殺のプロならさっさと現場から立ち去るだろう。いつもの彼もそうしていた。だが今回は自分でも説明できない行動だった。
殺し屋はまもなく部屋を去った。階段を降り路地に出て、人気のない道を歩いていく。
街を出るまで、殺し屋の頭からずっと同じ映像が消えなかった。息絶えた少女がベッドの中でうっすらと微笑む、その顔が。
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