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戦争の始終
ガチャリガチャリと音を立て足並みを揃えて下町を行く、城の兵舎を拠点にした兵士達と馬車が、通りを埋め尽くすように北門まで押し寄せている。先をゆくのは高い壁の中を詰所として潜んでいた兵士達だ。
北門は南門とは違い、森林でなく大草原だ。一度足を踏み出せば遠くまで見渡せるほどに広く、魔物の大軍が小さくもずらり、地平線と一体化していた。兵士達は兵隊長の指示の元、ある場所まで来ると横に広がってそれぞれ陣営を固める。前衛の武器持ち兵士。後衛の魔法兵団。そして前々衛には馬車が反対を向いて一定間隔で配置された。
「口火を切れぇ! 前々衛! 走る爆弾! 開始!」
合図と共に馬車からボロボロの布切れを着た者が1人ずつ下ろされる。馬車に乗っていたのは手錠をかけられた奴隷。下ろされた奴隷は兵士に注射を打たれると、我を忘れて暴れ出す。しばらくすると大人しくなり、兵士が奴隷に何か指示を出すと、奴隷はいきなり走り出して魔物の軍勢に突っ込んでいく。
魔物軍。
「人間なんぞ恐るるにたらん! 積年の恨み、晴らす時だ!!」
「「「「「うおぉぉぉぉおおお!!!!!」」」」」
軍団長と思われる狼の魔物、ボスウルガルフが雄叫びを上げる。
「団長! 前から人間が走ってきます!」
「こっちもです!」
「エルフが走ってきやがった」
目立った武器も持たずに命を捨てにくる様子から、私怨か何かだろうと軽視した軍団長。
「構わない! 葬れ!」
しかしそれは誤判だった。いや、分かっていたとしても逃れることは出来なかっただろう。走ってきた人間やエルフは魔物達に飛び込むと光を放つ。そして空気も景色も吹き飛ばすほどの大火力な爆発が炸裂した。
「こ、これは」
「「「ぐぁああああ!」」」
「「「ぬおおおおお!」」」
「「「ぎゃあああああ!」」」
まさにそれは、走る爆弾。その身に術式を施し、後方のものが術式を発動させる。周りで次々と爆発する人間やエルフに驚きを隠せないでいる軍団長。そして軍団長の元にも人間の子供が飛び込んできていた。
「おい人間、なぜお前はそう命を粗末に出来るのだ!」
話しかけるが何も反応を示さない。
「よせ! もっと命を大切にするのだ! その軽視がやがて他の命までもを軽視する事になるのだぞ!」
軍団長は暴れる人間の子供を抑えようとしていると、図らずも自身の鋭い爪でその小さな体を貫いてしまっていた。だが人間の子供は暴れ続ける。更にその人間の子供は軍団長を見ていないようで、後方へと向かおうとしている。
「操……られている?」
先頭を切って出た軍団長は後続の魔物に追い越されていく。軍団長の周りの魔物の密度が高くなると、人間の子供は光を放って爆発する。その凄まじい爆発に周りの魔物のほとんどが死傷者で、爆発の中心にいた軍団長だったが、そのタフさで大きな火傷を負いながらも焦げた大地を踏み締めていた。
「人間……人間!! ほとほと呆れたぞ!! 貴様らの様な愚かな生き物は、この俺がこの手で…この爪で引き裂いてくれるわあぁぁあっ!!!!!」
ハイシエンス王都の壁の上。
ゼロは持ち前の脚力で、リリィはホヅミを抱えて飛翔の極意で壁に上っていた。
「嘘でしょ……人間が……エルフが……」
三者は戦争の始まる様子を目撃していた。それはとつてもなく衝撃的なもの。前々衛に配置された馬車からは人やエルフが飛び出して、魔物の軍勢の中で魔物を巻き込み爆死を遂げるというもの。あまりに残酷で卑劣なやり方にリリィは怒りのボルテージが収まらない。
「あいつらぁ、許さない。絶対に許さない!」
リリィは走り出そうとしたが、ゼロに肩を引かれて制止される。
「リリィさん、気持ちは分かります。でもあなたが行ってもどうにもならない……それに」
ゼロは顔に憂色を湛えて、俯き加減でいる。その様子をホヅミはじっと見ていると、見られている事に気がついて、ゼロは優しい表情を返す。
「ボクに……ボクにもっと……力があれば」
ドクン。
ホヅミの心臓が大きく脈打った一瞬、ホヅミは意識が飛んでしまいそうになる。
(今のは……何?)
「ボクにもっと……もっと」
ドクン。
(また……苦しい)
「ホヅミさん?」
ドクン。
するとホヅミの視界はぐるり。黒い空間へと誘われ、やがて意識が途絶えてしまった。だが
「ん? リリィさん!? リリィさん、大丈夫ですか!? リリィさん!?」
倒れたのはリリィだった。ゼロは慌ててリリィの元に寄り体を揺さぶるが反応がない。ゼロは愛らしい手でリリィの呼吸を確かめる。
「呼吸をしていない?……そんな! リリィさん!! リリィさん!!」
ゼロは必死に呼びかけるがリリィは目を覚まさない。
「ホヅミさん! リリィさんが!……ホヅミ……さん?」
ホヅミは何も言わずに、真っ直ぐと戦場を見据えていた。足を一歩、また一歩と、自身の歩調を確かめる様に歩いていく。
「ホヅミさん? まさか戦場へ?!」
「飛翔の極意!」
ホヅミは使えないはずの飛翔魔法を唱えていた。ホヅミの体は浮き上がり、そのまま戦場へと赴いていく。
「ホヅミ……さん?」
命を奪い、命を奪われる。過酷を極める苛烈な戦いは始まったばかりだ。
「おのれ魔物!! ここは俺たち人間の世界だ! 好き勝手暴れてんじゃねぇ!」
果敢に攻め狂う魔物の覇気に、人間達は負けじと勇猛に立ち向かっていく。
「魔物め! 俺の子供を殺しやがって、絶対に許さねぇぞ!」
両者互いに恨み合い、憎しみ合う。そんなどろどろとした模様が、戦いの士気を生んでいた。
「気持ち悪いんだよ! 魔物め! 生きてるだけで罪だ! 死にやがれ!!」
人間と魔物ではやはり力の差は歴然たるものだった。人間は走る爆弾などの卑劣な手を用いているにも関わらず、魔物は単純な力や耐久で勝り、人間の軍を圧倒している。
「へっ、魔物め! 次は右腕か? 左足か? 目を抉るなんてのもいいな」
人間は次の手を講じた。後衛に潜んだ弓兵が、矢を放つ。その矢には毒が塗られており、一発でも当たった魔物達は次々に形勢を崩していく。
「苦しめ! もっと苦しめ!」
「怯むな同士達よぉ!! 今こそ積年の恨みを果たせぇぇええ!!」
ボスウルガルフは吠える。その雄叫びは毒矢に当たった者までも再起させては人間の軍を再び圧倒していく。
激しい戦場の空には、一つの影が存在していた。その影は宙に浮いたまま、人間の軍へ片掌を向ける。
「極位火炎魔法・倍」
パチパチと空中で鳴る。鼓膜を破ってしまう程の、火花が弾ける音をその場の誰もが聞き、そして見上げた。その美しい炎に誰もが魅了され、誰もが虜になり、人間の誰もが死を忘れた。盛大な薔薇の庭園へと誘われるように。そして人間の誰もが気づく。自分は薔薇の香りで死んでしまったのだと。
人間の軍は滅びた。そしてそこに確かに存在していた大きな街並みは跡形もない。奇跡的に魔法の犠牲から免れていた生き残りの兵はしっぽを巻いて立ち去る。あっという間の出来事に、昂っていた魔物達は呆然とその場で立ち尽くしていた。
「な、何が……起きやがった」
ボスウルガルフは天上に浮いている影に畏怖した。これまでに一度足りとも恐れに屈した事のない誇り高きウルガルフの主将でさえも、膝をついてわなわなと震えていた。
「ま、魔王様」
「魔王様だ」
魔物達から声が上がった。やがてこの場にいる誰もが天上に浮かぶ少女に拍手喝采を浴びせる。
「「「「「うぉ! うぉ! うぉ! うぉ! うぉ!」」」」」
今まで魔物達を統一するために軍団長が教え込んできた掛け声で、魔王の復活を讃えるかの様に息を揃えている。しかし天上に浮かぶ少女は気を失った様で、魔力が霧散し地面へと落下していく。誰もがその様子に吃驚し、どよめく。そして地面の落下直前、何かが猛スピードで焼け野原を突っ切っり少女を連れ去っていった。
「ふぅ、ここまでくれば安心か」
ゼロはホヅミが天上から魔法繰り出す直前、うさぎの危機察知能力の部分が働いて、リリィを抱えてあの場から逃れる事が出来ていた。王都一つを飲み込む程の魔法に、ゼロはあまりに驚いて腰を抜かしてしまっていたが、ホヅミの体が落下していくのを見て、即座にその俊足をもってホヅミをキャッチ。ゼロは無事二人を抱えて離れた森の中へと身を潜めるのであった。
「あれ……ゼロ? ここは?」
「良かった、ホヅミさん。気がつきましたか」
その問いかけにきょとんする少女。
「何言ってるの? ボクはリリィだよ?」
「……ん?」
「だからぁ、ボクは……って……あれ? そこに倒れてるの……あれ?」
リリィは自身の顔中や体中を触って確かめる。その様子を不思議に思うゼロ。
「あの、ホヅミさん?」
「元に戻ったぁ!!」
リリィはホヅミとの入れ替わりが解けたことに気がついた。久しぶりに実感する自身の体に嬉しい気持ちだ。
「ううーん」
リリィの嬉声で起こしてしまった様で、ホヅミの体を持ったホヅミが目を覚ました。
「良かった! 一時はどうなる事かと思いましたよ、リリィさん」
「むにゃ……ん?? 私ホヅミだよ?」
「……え? あれ……はて……」
こっちがホヅミでこっちがリリィで、とゼロは考えていると頭がこんがらがってしまう。先のとてつもない体験に記憶障害を起こしてしまっているのかと疑ってしまうほどだ。
「ホヅミん! ボクたち元に戻ってるよ! うははーっ!」
言われて目の前に映る少女の姿に目を丸くするホヅミ。そして顔中や体中のあちこちを触って確かめると
「あー、そこはあるのね……はぁ」
つい触れてしまった汚物に気を落とすホヅミ。
「あれ? ホヅミん嬉しくないの? 元の体だよ元の体。ほら? あはは」
のんきに自身の体を堪能するリリィと暗い面持ちのホヅミに挟まれ、何が何だか分からないでいるゼロ。
ホヅミとリリィは事情を話すと、ゼロは頭がすっきりしたようで晴れやかな気持ちになったようだ。それから更に話の中で、ホヅミが賞金稼ぎ組合で能力照会をした際に、本・固有能力入れ替わり作動中の表示があった事をホヅミは説明した。
「それはつまり、ホヅミんの能力が入れ替わりなのかな?」
「俺は賞金稼ぎに狩られる側なので、詳しい事は分からないです」
二人の様子からして能力の真相がはっきりしない事は分かったが、入れ替わりの能力はホヅミ自身にある可能性は高いだろう。
「そうだ! じゃあさ、さっそく入れ替わりが戻った事だし、二人で賞金稼ぎ組合行ってみる? その時はゼロに外で待ってもらうけど」
するとゼロは深刻な表情で俯いた。その様子にリリィやホヅミも不可解な印象を見受ける。
「ゼロ?」
「あ、そういえば戦争……どうなったんですか?」
ホヅミが切り出した。あれほど鮮烈な戦いをしていたのに今の今まで忘れていたのも愚鈍だった。
「え? 戦争? 何の事?」
とリリィは戦争についてすっかり忘れている様で明るい笑顔を振り撒いている。
「リリィさん、覚えていないんですか?」
「え?」
ゼロはホヅミとリリィを連れて森の外へと向かった。王都からあまり離れないように走ったので、木々を抜けるとすぐに大草原が広がり、焼け野原と化した箇所が目に入る。すっかり魔物の気配も人の気配もなくなり、遠くからでも誰かの目に止まってしまう程の広い地を堂々と"三者で"歩いてもあくせくしないで済んだ。
「えっと……ゼロさんは今王都に向かっているんですよね?」
「そうです」
ゼロの向かう先に一向に目的地が見えない事を不思議に思う二人。そしてある場所でゼロは足を止めた。
「ここが王都です」
「えっと……え?」
そこは黒い焦げ跡の残った、廃墟という言葉が相応しい場所だった。たくさんの瓦礫が一帯にのあちこちに積まれていて、王都の面影が微塵も感じられない二人。
「ゼロ? 冗談はやめて。ボクは騙されないからね」
「冗談ではありません。ここが王都です。戦争で……いえ、あなたがこの王都ごと、戦争を終わらせたんです。リリィさん」
「ボ……ボクが……」
リリィは動揺していた。リリィの記憶にあるのはエピルカを倒したところまで。しかし言われて、自分でない自分が起こした事であると思える様な記憶が脳裏にちらついていた。リリィは思い出そうとしているようで、無意識に思い出さないようにしている。もし思い出してしまえば、たくさんの人の命を奪った罪に苛まれてしまうから。
「そ、そんな……ボクは何も……ボクは……ボクはやってない……ボクは……やって」
「リリィさん……俺は魔物です。魔物の軍勢を救ってくれた事は感謝します。もし人間の軍をやっつけてくれなければ、多くの魔物が死んでいた。だから俺は感謝しています」
ゼロは悲しそうに礼を言った。ゼロは望んでいたのだろう。お互いが傷つかずに解決する事を。人であるホヅミやリリィと共にいる事自体が、それを表明している。
『お前のせいだ! この人殺しめ!』
「へ? な、何? 今の」
リリィの頭の中に直接流れる声。
「リリィ?」
『よくもまあのうのうと生きていられるもんだ』
「ひっ、何? 何なの?」
「リリィ、深呼吸して」
ホヅミは突然様子がおかしくなったリリィに声をかける。
『早くこっちへ来い』
『地獄へ落ちろ』
『穢らわしい! この魔物め!』
『魔物は滅びるべきだ!』
『殺してやる……殺してやる』
『俺の子供を返せ』
『お姉ちゃんがパパとママを殺したの? お前も殺してやる!!』
「やめて……こないで……ちがう……ボクはなにも……」
リリィは青ざめた顔で激しく呼吸をしながら森の方へと走っていった。
「リリィさん!」
「リリィ!」
ホヅミとゼロはリリィを追いかける。
リリィは森に入ると、木に何度も何度も頭をぶつけ始めた。
「忘れろ! 忘れろ! 忘れろ! 忘れろ!」
正気を失ってしまったリリィを慌てて後ろからゼロが止めに入る。
「リリィさんやめてください! そんな事をしたって何も変わらない!」
「はぁっはぁっ、ボ……ボクは……はぁっはぁっ、人殺しなんかじゃはむっ!?」
ゼロはリリィの口を手で塞いだ。よってリリィの過呼吸の発作が何とか収まった様だ。
「リリィさん、よく聞いてください。あなたはきっと、ものすごい力を秘めています。それこそ、世界を変えてしまえるほどかもしれません」
ゼロはリリィの手を両手で取り、ぎゅっと握りしめる。
「そんなあなたが逃げてはいけない。確かにあの時、別の方法があったかもしれない。犠牲を出さずに済んだかもしれない。そんなのは口で何とでも言える。ただ確かに今残った事実は、俺達魔物を救ってくれた事なんです。例えそれが不十分な答えだったとしても、人間があなたを恨んでも、俺は感謝したい。ありがとう」
ゼロの必死な説得によって、リリィは落ち着きを取り戻したようだ。その頬には、一筋、二筋と涙が伝っていく。
「ありがとうなんて……言わないでよ」
俯いたままひっそりと泣く姿を、ゼロは無理に見ようとはしなかった。それからリリィが泣き止むまでは、森でじっとしている事となる。
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