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ハグしちゃお
ある日の晩。そこはとある森の中。月が顔を出して、森は更に深い闇を作り出す。
「助けてぇー!! 何でこんな所にアンデッドなんかいるんだよぉ!! ひぃっ!?」
逃げ惑う二人の人間を、不死の兵二体に追わせているところだ。連れてきた不死の兵は元は人間だったもの。今では肉が全て腐り落ちて、ただの骸骨の兵と成り果てている。
「命だけは! 命だけがはっ!?!?」
兵に一人を殺す様に命じた。もう一人はとどめを刺すなと命じている。
「やめて、やめてくれ! 頼む! 良い教会を紹介してやる! だからぐあああっ! 痛い。痛いぃー!」
体中を切り刻まれた人間が地面に転げると、空から高みの見物をしていた魔物は地面へと降りていく。着地した魔物はぴくりとも動かなくなった方の人間に歩いて寄った。手首を手に取ると、心臓が止まっているかどうか脈を測って確認する。その人間は死んでいた。手を離すと、次は体を切り刻まれて苦しむ人間の元に寄った。その人間は怯え、来るな来るなと仰向けに体を引きずって魔物から逃れようとしている。だが逃げる事が出来ないように、兵に踵の腱を切らせておいた。
「頼む、命だけは……」
「ふっ……合格だ。良くやった」
魔物は二体の不死兵に向けて言う。
「「ぐあぅあ〜」」
痛がりながら困惑を示している人間。無断で実験の協力を強いたのだ、多少の礼を施してやらねばなるまいと魔物は、肘をついて慄く人間の傍に寄った。屈んで顔を近づけると、外套の中から毒々しい色の干し肉を取り出した。
「これはデスドラゴンの死肉です」
「……はぁ、はぁ……あ、あの、EXクラスの……」
「そうです。ただの人間のあなたでは決して手に入れる事の出来ない代物だ」
人間の容姿をしているのに真っ青な肌色は、月の光で青白く照らされる。人間はその薄ら笑いに背筋が凍りついてしまいそうなほどの気味の悪さを感じたが、艶めかしく映るその紫色の瞳に魅入られて、息を呑む。
「これを食べれば忽ちにその傷は癒えて、おまけに強い力が手に入ります」
「……ゴクリ」
人間は目の前に差し出された毒々しい干し肉を前にして葛藤していた。
とある飢えた若者はあまりの飢えに耐えきれず、いけない事だと感じつつ手を出した禁断の果実、魔物。魔物の肉を食べた若者の姿は異形と化して、凶暴な魔物へと変貌してしまったという話。
人間はその話を知っていた。だからこそ欲望と理性の内輪揉めに、その体が躊躇っていた。
「無断で実験の協力を強いたお詫びです。ここに置いておくので、ご自由にどうぞ」
魔物はすっと暗闇の中へと消えていき、残された傷だらけの人間は、自身の胸の上に置かれた干し肉を手に取る。
「これを……食べれば……」
人間は干し肉のにおいを嗅ぐと、強烈な腐臭に鼻が曲がってしまいそうだった。それだけでも食すだなんてそそらない。しかし人間は干し肉を食べた先にあるものに目が眩んでしまう。
「はっもぐ、もぐもぐ」
床を拭いて汚くなった雑巾を咀嚼している様な気分だった。滲み出る肉汁は汚水の様にとてつもなく不味い。腐臭が口の中で広がり、人間を苦しめる。だけど毒を食らわば皿まで。干し肉を全て口の中へと押し込んだ。
「うっ?! ぐっ!!」
急な腹痛に見舞われた。食あたりをしてしまったのだろうかと人間は思うが、次第にその体はメキメキと膨張するように衣服を割いて、筋繊維の塊が体中にボコボコと出来ていく。
「うおおおおお! ……こ、これはすごい」
おどろおどろしい筋肉の巨体が出来上がったところで人間は嬉々としていた。だがしかし
「がっ!? 何だ? 何が……どうなって?……ぐあああああ」
悍ましい悲鳴が夜の森を支配する。大きな巨体はその体中から赤紫色の血を噴き出して倒れた。
「人間の魔物化なんて言っても所詮はあれが限度。食べた魔物の魔体質に耐えきれずに体の方が朽ちる」
「ぐぁぐぁあ?」
「可哀想? 次その様な事を言ってみろ、魂ごと釜茹でにしてやるぞ」
その言葉に兵は身を震わせた。
「それじゃあ、俺はもう帰ります。リリィさん、あなたは命の恩人です。また会えるといいですね」
ゼロは手を振ると、森の方へと向き直る。瞬間姿が消えたと思うと、二人の間には突風が吹き抜ける。取り残された二人は今後についての談義を始めた。
「もうエルフの村に行けないよね……ごめん、迷惑かけちゃって」
(リリィ………辛いんだね)
と手を後ろにやってちょびりと舌を出し笑うリリィに、どうも良い顔が出来ないでいるホヅミ。ふざけた仕草にでない。ぎこちなく感じる笑顔は、きっとふざけなければ押し潰されてしまう程の辛い罪悪感という重圧に耐えているに違いないからだ。そんな事ないよと声をかけてあげたいが、今のリリィの心情を思うと口が裂けても言えない。
「あの、提案があります」
ホヅミは挙手。リリィは前のめりになってホヅミの話に耳を傾ける。
「王都に向かう途中で、ニト町という場所に寄りました。そこへ向かうのはどうでしょう?」
「おお! うんうん! 行こう!」
二つ返事でのりのりのリリィ。無理をして普段よりも明るく振舞っているようにホヅミには見えて、とても胸が締めつけられるようだった。二人は道の分かるホヅミの先導のもと、王都跡地へ戻る。ホヅミは度々ちらり振り返りリリィの様子を窺うが、平然とした顔をしていた。
ホヅミは王都跡地南門の舗装された道にまで着くと来た道をよく思い出して、その通りに歩く様に努める。
「えっとぉ、ここだったかなぁ?」
舗装された道路からは外れた森の中へと足を踏み入れるかどうか迷っているホヅミ。わざわざと舗装された道路を行かないのにはリリィも首を傾げていた。
「ねぇホヅミん。こっちじゃないの?」
「え? でも私、こっちから来たよ?」
「ホヅミん、こっちの道の方が歩きやすくなってるのは、交易のために人が舗装したからだよ? こっちを歩いていけば町まで迷わずに行けるよ?」
言われてホヅミは戻る。何だかんだで結局リリィが先導して歩く事になりしょんぼりと肩を落とすホヅミ。しばらく歩いていると分かれ道になっていて、左に行くとニト町、ソウハイ山。右に行くとメシア町と矢印で表記されている。
「ホヅミんほら! こっち行くとニト町だって」
ホヅミはシュウの事を思い出していた。わざわざ困難な道を選んだのはそれが近道で、早く友達を助けるためだったのだろうと今更ながら思う。
「へっくしゅん! あ? 風邪か?」
と暗い建物を魔法のランプ片手に歩くシュウ。
リリィとホヅミはニト町の方を選んで歩いていった。歩いていると辺りは暗くなってくる。夕日の空が頭上を覆った頃、リリィは足を止めた。
「この辺りで野宿しよ」
「えぇ〜野宿ぅ?」
野宿と聞いて落胆を示すホヅミ。
「そろそろお腹空いてきたし、今から薪とか食料とか集めとかないと、暗くなってからじゃ色々大変だよ」
リリィは食料を探しに、ホヅミは薪集めに出向く。舗装道路からちょっと森に入った所で一箇所に薪を固めると、あとはリリィを待つ。
「いっぱい採れたよ〜」
リリィはたくさんの木の実と串刺しになった魚を二匹抱えて森の中から現れた。
「すっごい! でもそんなに食べれないよ」
「大丈夫! ボクが食べる」
「あ、あはは……なるほどね」
リリィは薪に火炎魔法をかけるとパチパチ音を立てた火が灯る。リリィは串刺しにした魚を焚き火の傍に突き立て焼き始めた。ちょうどその頃になると夕日がほとんど沈んで、辺りは夜へと驀。
「それじゃあお魚焼いてる間に、ホヅミんの服洗濯しよっか」
「え!?」
「ずっと洗ってないでしょ?」
ホヅミは自身の着るセーラー服のにおいを嗅ぐと、芳ばしい香りにげんなり。見ればそこら中が裂けていて袖もない。更にはホヅミの大量の血が染み込んで赤みがかっている。これでは日本の島木に返すことも憚られる。
「体も洗わなきゃだよね」
それには大賛成で快く頷こうとしたが、ホヅミは自身の体の事で躊躇ってしまう。
「いや、その……えと」
「どうしたの? 綺麗にするの嫌?」
「違う! 綺麗にしたい。したい……けど」
屈託ない笑みで詰め寄られて、ホヅミは断る事が出来なかった。ホヅミは仕方なく、前方を隠しながら衣服を脱ぎ始める。
「ん? 服は脱がなくていいよ。まとめて洗うから」
言われてホヅミはきょとんと棒立ち。
「下位水魔法!」
リリィの目の前には巨大な水塊が出現する。
「おっと……でかすぎた」
リリィが呼吸を整えると、水塊がだんだんと縮んでいく。人一人を覆える大きさまでに縮小すると、ホヅミの首から下を埋もらせる。
「あひゃっ! あははっ! くすぐったい! あはは!」
「ホヅミん息止められる?」
言いながら赤黒く濁った水塊とホヅミの体を分離し、水塊を舗装道路で破裂させる。
「下位水魔法!」
次は更に小さめの水塊を出現させて、ホヅミの頭部を覆う。ホヅミは息を止めた。ざっと二十秒くらい水塊を螺旋させると、濁った水塊となりホヅミの頭部と分離され、リリィの操作で舗装道路に散水される。
「はぁっ! はぁっ! しぬっ、かとっ……思った」
「ごめんごめん。でもこれで綺麗になったでしょ?」
ホヅミの服は薄汚れた感じがなくなって、においを嗅げば無臭に。脂ぎった髪の毛もすっきりとして気持ちが良くなっていた。
「すごい! ありがとうリリィ!」
言うとちょうど水塊で頭を洗っていた様で声は届いていないみたいだ。
「ぶはぁっ!! さっぱりぃ」
「ありがとうリリィ!」
「いいのいいの」
汚れも取れて綺麗になった二人は気持ちよく食事にありついた。魚もちょうどよく焼けていて、二人のお腹を温かく満たす。ホヅミは魚一匹で十分に満足していたが、リリィはまだまだといったように採ってきた木の実をモリモリ食している。
「よく食べるね」
「うん、何かお腹空いちゃってさ」
その様子にはホヅミも苦笑い。
食事を終えた二人は木に腰かけてぐったりとしていた。リリィはお腹を膨らませて肩で息をするほどに食べたらしい。
「考えてたんだけど、私とリリィが出会った時、私たち頭ぶつけたよね」
「え? うん」
切り出したホヅミの話を聞いて、リリィはホヅミと出会った頃を思い浮かべる。あの衝突は意識が飛んでしまうほどに痛かったなと、リリィは懐かしく思っていた。
「あの時私、日本でとっても嫌な事があったんだ。それでもう自分が自分じゃなければ良いのに!って思ってた……もし入れ替わりの能力が私にあるのだとしたら、それが原因で発動しちゃったのかなって」
リリィは口を挟まずに聞いていた。自分が自分でなければ良いのにと思っていたのは、何もホヅミだけではないのだから。
「リリィはどう思う?」
リリィは少し考えて立ち上がる。ホヅミの元に寄って、隣に腰をかけた。
「……ボクは……ボクはホヅミんと出会えた。それだけで良い」
と笑顔で返答するリリィの瞳は紅い色に変わっていた様にも見えたが、恐らく焚き火の反射でそう見えるだけだろうとホヅミは考えない事にした。
夜は更け、ホヅミは樹木に腰かけて眠りについていた。その隣でリリィはホヅミと眠るフリをしてはこっそりと目を覚まして、見張りをしている。火が消えそうになると薪を焚き火に放って、火が消えないように調節していた。
「ぐへへへ、美味そうな人間二人組だ」
頭上から怪しげな声が聞こえてきた。大蜥蜴の魔物が樹木の枝から今にも飛びかかってきそうだ。気づけば辺りには同じ魔物が取り囲んでいた。
(フレイムリザードの群れ?!)
フレイムリザードは火を吹く魔物。もちろん火など怖がるはずもない。リリィはホヅミを起こさない様に限りなく小さな声で魔法を唱えるつもりだ。それはリリィの母が得意としていた魔法。
「中位氷魔法」
リリィとホヅミの周りの温度は急激に低下し始め、フレイムリザード達の口や足を凍りつかせ始める。それにはフレイムリザード達も驚いて、リリィ達の元から去っていった。
「ん、ん~さむい」
ホヅミは寝言を呟いた。起こしてしまったのかと冷や冷やしたが、すやすやと眠るその寝顔を見てリリィは安心する。
それから時間が過ぎるとリリィもついうとうととし始める。自分が寝てしまえばホヅミは誰が守るのだと何とか気力を保とうとするリリィ。ふと辺りがざわめいた。生き物達が何かの危険を察して逃げ出す様に、生き物の気配が辺りからなくなっていく。リリィは慌てて起き上がり火を消した。嫌な予感がする。
「ホヅミん! 起きて!」
「ん? 何リリィ? むにゃ」
「何か来る」
ホヅミは眠たい目を擦って立ち上がる。リリィの見る森の奥にはキラリ光る何かが蠢いている。ホヅミもその様子には眠気が飛んでしまい身構える。二人は臨戦態勢に入っていた。
「骸骨!? ひぃ〜!」
悲鳴を上げるホヅミ。森の中から姿を現したのは長剣と小回りの利きそうな盾をそれぞれ持った二体の骸骨。光っている様に見えたのは月光に反射した長剣の切っ先だった。そして襲いかかってくる二体の骸骨。リリィがホヅミを庇う様にして前に出る。
「ホヅミん下がって!」
「ぐぁが!」
一体の骸骨がリリィに向かって剣を振り下ろす。リリィは寸でのところでステップを踏んで攻撃を交わした。続いてその後ろの骸骨もリリィにかかる。骸骨の動きはそれほど機敏ではなく、振り下ろされる剣さえ躱していれば何も問題がないほどだ。後は距離をとって得意な下位火炎魔法をぶち込む。
「効いてない!?」
その火炎はホヅミの体で唱えた時よりも凄まじく燃え盛る。増幅魔法を使わずとも、下位火炎魔法・倍に相当するほどだった。だが骸骨には痛い、熱いという感覚がまるでない様子。リリィは振り下ろされる剣に対して躱すことしか出来ないでいる。このままではいずれ体力も尽きて攻撃を受けてしまうだけだろう。
「くそっ」
リリィは増幅魔法を用いても下位魔法程度ではこの骸骨をどうにも出来ないと感じていた。何か物理的に働きかける事が出来るもの、エピルカの様な応用魔法を用いれば可能かもしれない。だがリリィは火炎魔法を得意と言って、応用魔法は大して出来ない。せいぜい出来て炎の原型を変えたりするくらいだろう。
「……何か武器があれば……」
それを聞いたホヅミはエルフのサーラから手渡された短剣を思い出す。その短剣は今、リリィの腰後ろ側に回されていてリリィ自身その存在に気づいていないようだ。
「リリィ! 腰にある短剣を使って!」
リリィは腰に手を回すと、短剣の柄に触れる。
「ぐぁぐぁ!」
キン!
鋭い音。剣と剣の衝突。しかし力が足りず押し負ける。何とか長剣をいなしてリリィは再び距離をとった。
「ホヅミんありがとう!」
リリィは呼吸を整える。これから使う魔法は初めての魔法だった。見よう見まねで覚えた新魔法。目尻を決して唱える。
「いくよ、中位強化魔法!」※強化魔法に中位のものはありません。
ゼロが魔法を使う際に、その魔力の流れを肌で感じ取って覚えた魔法。今までとは比べ物にならない素早さで骸骨との間合いを詰める。
「はっ!」
キン!!
繰り出される素早い剣筋に骸骨は剣と盾で守りに徹した。そんな二体の骸骨を相手にしてもリリィは押して押して押しまくる。
「もらった!」
カン!
リリィの斬撃は骸骨の上腕骨を直撃。だがリリィの腕力が足りなかったのか、短剣の切れ味が劣っていたのか、上腕骨には傷一つついていない。
「がっがっがっ」
濁声で勝ち誇った様に笑う骸骨。リリィは再び距離をとって次の手を考える。
「どうしたら……」
リリィは苦い表情で迫り来る骸骨に身構える。
(あれは)
骸骨の剣は錆びていた。つまり鉄で出来た剣。リリィはこの突破口を見逃さなかった。
「中位氷魔法!」
骸骨の周りには冷気が発生し急激に温度が下がり、骸骨の動きは止まる。
「中位熱魔法!」
続けて魔法を放つと今度は骸骨の周りが熱せられて、動けるようになった骸骨。蒸気を立ててリリィに再び迫る。
「割れろー!」
パンッ!
リリィは素早い動きと太刀筋で骸骨の長剣を叩き割った。もう一方の骸骨の長剣も叩き割り、リリィは不敵に笑う。
「これでどう? あなた達はもう戦え」
リリィは油断していた。骸骨達の剣に拘りすぎていたのだ。骸骨は関節を回すと、リリィのお腹に拳を埋める。
「がはっ!?」
よろよろとリリィは後退りして尻もちをついた。それにはいてもたってもいられずホヅミはリリィの元に駆け寄る。
「リリィ!」
「ごぼっ! ごほっごほっ! ごほっ!」
激しく咳き込むリリィ。当たり所が悪く、血を吐き散らしていた。
「詰めが甘い」
その声は頭上から聞こえてきていた。いつからいたのか、ホヅミは見上げる。空からゆっくりと降下してくるその者はどこかで見た様な姿、顔。その手下と思われる骸骨も、動きを止めていた。
「いやはや、次代の王がこれほどのうつけでは溜まりません」
「お……前は……カラナ」
ホヅミも王都の宿屋で対面した事はあったが、それ以上にリリィはその魔物を知っているようで、ホヅミの顔はリリィと魔物を行き来していた。
「王都では見事な働きぶりで感心していましたのに、がっかりです。それにしてもあの素晴らしい魔力、素晴らしい破壊力、素晴らしい悲鳴、驚嘆でした」
カラナは両手を広げて感動を表現する。
「またボクを連れ去りに来たの?」
「そうです……本当ならばその素晴らしい力を我が者にしたい所ですがね」
カラナはにぃと口角を上げて答えた。
「だったらもう断ったでしょ? あんまりしつこいと燃やすよ?」
リリィは掌を上に返すと、すぐさまカラナは骸骨の背後まで地面を蹴って飛んだ。
「危ない危ない。あなたの魔法は危険ですからね……そのためにこの不死身の兵を連れてきたんです」
リリィはカラナから二体の骸骨へと視線を戻した。短剣も通用しない、打撃は力不足。リリィは苦汁を飲まされる。
「さあ、続きを始めましょう。お前達、王女は必ず生け捕りにしなさい」
「「ぎゃぅわあ」」
リリィは先程骸骨に殴られた影響でまだ立ち上がる事も出来ないようだった。
「下位回復魔法!」
リリィはすぐに回復魔法をかけるがどうやったって間に合わないのは自分でも分かっていて、下唇を噛んで骸骨を睨み上げる。
「風の弾丸!」
ホヅミの放った魔法は骸骨の体に当たると弾けて消える。
「させないよ! 殴るなら私を殴ればいい!」
ぷるぷると身を震わせて、足もガクガクと遊んでいる。目と鼻からは液体が溢れて、いかにも弱々しいその立ち振る舞いに、カラナは冷ややかに笑みを浮かべる。
「兵よ、その人間は殺してしまいなさい。邪魔です」
カラナの指示に一体の骸骨は腕を振り上げる。その瞬間ホヅミは目を閉じた。
「ぐああああ!?」
聞こえたのは骸骨の悲鳴。ホヅミは恐る恐る目を開けると、骸骨の兵達はホヅミを見て三歩引き下がる。
「お前達! 何をしている! その人間も殺せと命じているのだぞ!」
声を荒らげて憤るカラナ。その様子にホヅミは誰かが助けてくれたのではないかと後ろを振り向くと、眉を顰めて骸骨の挙動を不審そうに見ているリリィが、その場で座り込んでいるだけであった。
「何だ! どうしたんだ」
「ぐぁぐああがが」
「ぐぁがが? がが?」
骸骨は何かを話し合っている。そして骸骨は互いに顔を見合わせて頷き合うと、振り返ってカラナの元へと歩いていく。
「ちっ、命令違反か。お前達、そのつもりならば」
骸骨は歩みを止めた。表情は読めないが何やら顔を下に向けている様にも見える。そして何かが起こる事なく、時間がコツコツと過ぎていく。
「何だ? 何をしたいんだ?」
痺れを切らしたカラナが切り出した。
「ぐぁがが」
「何? 今更何の話がある?」
相変わらずただ呻いてるだけとしか思えないホヅミ。カラナは骸骨の主人なだけあってその言葉が分かるようだった。
「ぐぅがぐぅが」
「何!? 昇天したいだと!?」
「ぐぅが、がぐがぐきゃあおうがぐぐががぎぎぐうぐぅが」
「元々未練があって昇天出来なかった。でもあいつに触れば昇天出来る……ふざけるなぁ!だったら王女を動けなくなるまで痛めつけてからにしろ!」
カラナは骸骨の言葉に激しく憤慨し、怯えた骸骨達はホヅミ達へと向き直る。カチャリカチャリと音を立てる以外に何の表情も読み取らせてはくれない骸骨。じっくり見れば見るほどに人間の骸骨をただ眺めている自身が馬鹿馬鹿しく思えてくるホヅミ。
「ぐあああ!(翻訳:うおおお!)」
一体の骸骨は盾を振りかぶる。ホヅミは腕を交互にして防御の姿勢をとった。
「ぬ……ぬぬ……ぬっ!……?」
けれどいつまで経っても攻撃がホヅミになされる事はなかった。骸骨が振りかぶったまま静止しているのだ。ぴくりとも動かないところを見るからに、中の魂か何かが出ていったのではないかと思えてしまうがそれは違った様だ。骸骨は動いた、ただその行動は予想外のものだった。
「ぐあぅわぁ〜ん(翻訳:聖女様ぁ〜ん)」
骸骨はホヅミを抱きしめると眩しく輝き出す。
「ひゃあああ……!?」
ホヅミは口をぱくぱくと動かして仰天。輝きが止まると抱きついた骸骨からは力が抜けた様で、バラバラとホヅミの足元に崩れていく。
「ぐぁがぁ!(翻訳:ずるいぞ!)」
二回目のハグ。もう一体の骸骨も眩しく輝いて、輝きを失うとバラバラと先の骸骨に重なるようにホヅミの足元へと崩れていく。あまりの唐突な出来事に、カラナ、リリィそして何よりホヅミが度肝を抜いていた。
「さて、回復完了!」
未だに唖然とする二人を差し置いて、リリィは元気になった体で起き上がった。
「カラナ、まだ"ボク達"と戦うつもり?」
カラナははっとする。手を口に添えて爪を噛む。
「天に召されたいなら、しっかり燃やすけど、どうする?」
リリィは掌をカラナに向けた。
「き、今日のところはこれで帰らせていただきます」
カラナは外套を翻し空へと逃げていった。それを見ると、二人は肩の荷が下りた様でため息をつく。リリィは腰から地面にへたり込んで、ホヅミは膝から地面にへたり込む。
「ホヅミんありがとう、さっきの何なの?」
「え!? い、いや…私にもさっぱり……ん? ひゃあああ!」
ホヅミは自身の周りに人間の骸骨が散らばっているのを見て背筋が凍りついた。
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