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魔法
痛い。痛い。
それは今までに感じた事もない苦痛だった。幼い頃に間違って他の子供に向けて魔法を撃ってしまった時に、叱られて受けたママのビンタよりも。はしゃいで走り回って道端の石に躓いて転んで、膝や腕を擦りむいた時よりも。
全身が焼けつく様に痛い。そんな痛覚の猛襲が意識を徐々に覚醒させていく。カタカタと音を立てながら自分を揺らすこの場は、いったいどこだろう。リリィは薄らと目を開ける。
揺れる視界。銀の膝当て。見上げると、全身を銀の鎧で固めた兵士が床板に槍をついて、高貴な作りをした紫色の椅子にずっしりと座っている。
「こ……こ…は」
リリィは声を出した。
声は出たが、痛みが酷く体がぴくりとも動かせない。目は動くのでもう少し横に目を逸らすと、視界にはくるりと捻れたちょび髭を鼻の下に生やす、憎たらしい面の男が映る。似合わない蝶ネクタイを胸元につけており、こちらの顔を覗き込んだ。その瞬間、視界がぶれる。
「ぐぁっ……!?」
髪の毛を乱暴に掴まれて、体ごと持ち上げられるリリィ。
全身に走る激痛に苦悶を浮かべ、目に映るエピルカの不敵な笑みを睨みつける。
「お目覚めかな。いい目だ。堪らん。それでこそ私の玩具だ」
ぺろりと舌を出し、リリィの体を下から舐めるように見回す。
(ご……めん。ホヅミん。この体、無事で返せないかも)
「ところで……リリィといったか? 今から我が屋敷にお前を迎え入れるところだ」
エピルカはリリィの髪の匂いを嗅ぐ。
「リリィ、君がこれからどうなるかを少しばかり教えてあげよう。我が屋敷に着いたら、まずは……そうだな、君の悲鳴が聞きたい。今日の君の悲鳴はとても良かった。それをまた聞かせてくれるかね?」
「ペっ」
リリィは血の混じった唾を吹くと、それはエピルカの頬に滴る。
「ふっ……ふふふ。そうだ、そうでなくっちゃなぁ? その小生意気な面が、恐怖に変わる様を見たくなったぞ!」
エピルカは力を込めると、リリィの頭を何度も馬車の座席に打ち付ける。
ドコン! ドコン! ドコン! ドコン! ドコン! ドコン!
破裂してしまいそうなほどの鋭く激しい痛みの連続。リリィの額からは新たに出血し、痛みで息をするのもままならない。
「お、おやめくださいエピルカ伯爵! ヒールをかけたとはいえ、まだ重傷の身には変わりありませぬ。それ以上なされては」
ブシュッ。
兵士の首が馬車の中を舞った。首を失った兵士の首の根元からは、ドクドクと赤い液体が流れ出る。首は馬車の外に転がり落ち、続いて脳の統率をなくした体も崩れる様にして馬車の外へと転がり落ちた。
「なされては?」
「ひ、ひぃぃぃ」
隣で見ていた兵士は縮み上がって、小さく悲鳴を漏らす。エピルカの左手には、血の付着した細長い剣が握られていた。エピルカは剣で空気を切って付着した血を振り払うと、腰に差し戻す。
「リリィよ、君は知っているか? 魔法拷問を。拷問をするものと治癒魔法を得意とするものによって行われる、いわば儀式だ。例えばだ」
頭に響く様な疼痛に苦悶するリリィの右手を、徐に持つエピルカ。その掌にエピルカは自身の左手を重ね合わせる。そしてエピルカの人差し指には力が込められる。リリィの人差し指を奥へ奥へと押し込まれていき、ボキリ。
「んぬぁーっ!!」
リリィの人差し指はぶら下がる。
「ふははは! 良い悲鳴だ。唆る、唆るぞ!」
エピルカは次に中指に力を入れていく。
ボキリ
「んっっ!!!」
リリィは唇を噛んで、声を出さない様に堪える。エピルカに自分の悲鳴を聞かせてたまるかと、リリィは痛みに耐えた。
「……ほう? だがまだ指は三本あるぞ」
薬指。
「っ!!」
小指
「っ!?!?」
リリィの目からは涙が滲む。そっと激痛の走る右手に視線を移すと、変な方向に折り曲がってぶら下がる指に恐怖を抱く。エピルカは最後の親指を押し込まずぎゅっと握った。そして力強く捻じる。捻じる。捻じる。
「んがっ!!!」
「ほう、耐えた耐えた……ふっふっふ」
息を荒くするリリィは、指を全て折られた右手を見る。よく耐えた、よく頑張ったと、心で自分を讃えて溢れそうになる涙を抑え込んだ。
「何を安心している? ……おい、ヒールをかけろ」
「は? し、しかし」
「良いからかけろ、首を撥ねられたいのか」
兵士はヒィッと小さく悲鳴を上げると、震える両手でリリィの右手の指を治癒していく。
嫌な予感がした。リリィは恐る恐るエピルカに視線を戻すと、そこには邪悪なる悪魔の様な笑みが浮かび上がっていた。
「屋敷に着くまで時間がある……しばらく遊びを楽しむとしよう」
「風の……」
ホヅミの体に纏った風は、右の掌へと集まっていく。
「弾丸!」
弾かれた風の塊は、一匹の黒いイノシシの魔物、イノブーに向かって飛んでいく。イノブーは躱そうとするも、高速の魔法を躱すことならず直撃。イノブーは青い血液を吹いて吹き飛んだ。
「ぶひぃ!?」
イノブーはその鳴き声を断末魔に、ぴくりとも動かなくなった。
「いいぞホヅミ! よくやった」
サーラとホヅミはニトの町へ向かう道すがら、幾度か魔物に襲われていた。しかしどれも弱い魔物ばかりで、サーラはその全てをホヅミに任せていた。そのおかげかホヅミは魔物に怯えることも少なくなり、一人でも魔物と戦うことが出来るほどには上達していた。
「はい! これもサーラさんのおかげです!」
尊敬の眼差しを向けられ、サーラは鼻が高くなる。
辺りはすっかり夕暮れになっていて、サーラもホヅミも疲れて口数がすっかり少なくなっていた。凸凹な道はいつの間にか平坦な道になっていて、何も目立ったものが見当たらない森の中といったところだ。しばらく歩いているとサーラの目には、遠くの方に町の景色が映り、それをホヅミに伝える。森から抜けるとちょうど人の手で舗装されたと思われる道のカーブの所に出てきた。視界が綺麗になり、サーラによれば後は一本道を真っ直ぐに進んでいくだけらしい。
「着いたー!」
最初に声を上げたのはホヅミ。大きく背伸びをする。町からは人の賑わいが聞こえてきていた。ホヅミはさっそく町に入ろうと一歩踏み出すと、サーラに肩を引かれた。
「ホヅミ、アタシはここまでだ。後は任せたぞ」
「え? どういうこと? サーラさんは行かないの?」
サーラの言葉に疑問を持つホヅミ。サーラは寂しげに、頭一個分したのホヅミを見下ろす。
「アタシは魔族だ。人間でないと、町には入れない」
「何で? どうして魔族は町に入っちゃいけないの?」
「いや、そうじゃない。入れないんだ。町には結界が張ってあって、魔物はもちろん、魔族も通さない。それに例え入ったとしても、魔族のアタシらは命を狙われる」
そう語るサーラは重く悲しい面持ちをしていた。サーラにはエルフの持ち物を持っていると不審がられるからと、蔓の籠を回収する。お金だけをポケットに入れて、ホヅミは町へと踏み出した。
「サーラ師匠! 今までありがとう!」
別れを惜しんで振り返るホヅミは手を振って、小さくなっていくサーラを憂いの目で見つめていた。
「あたっ!?」
「気をつけな、嬢ちゃん」
ついホヅミは人にぶつかってしまった。すみませんと謝ってから再び町の外を見ると、そこにサーラの姿はなかった。寂しい気持ちも悲しい気持ちもこれから先への不安も全て心に押し込んで、ホヅミは振り返る。
「よし、まずは聞き込みからね」
ホヅミは切り替えて、勇者を探すべく手当り次第に、町を歩く人間に声をかけてみることにした。
「あの! すいません。勇者を探してるんですけど……」
とつい声が小さくなってしまうホヅミ。それも町を歩く人は派手な武装をした人ばかり。目つきの怖そうな人もたくさんいて、声のかけやすい雰囲気でもなさそうだ。ふと、前から町人の様な格好をした優しそうなおばさんが歩いてくるのが見えて、ホヅミは慌てて駆け寄った。
「あの! 突然すみません。私、勇者を探してるんですけど」
「あんた知らないのかい? 今勇者様が町に来てるんだよ」
「ほんとうですか!? どこにいらっしゃるんですか?」
複数のりんごが入った籠を片手に赤い頭巾を被ったおばさんは、親切に勇者の居場所を教えてくれた。何でも今勇者は、酒場で仲間を募っているらしい。その噂を嗅ぎつけたのか、あちらこちらから我こそはと仲間に名乗り出るためにやってきた猛者がこの町にたくさん居るようで。通りで怖そうな人がいっぱい居るのだ。
ホヅミは赤頭巾のおばさんに教えてもらった通りに道を歩く。そうして辿り着いた酒場からは、何やら騒がしい声が聞こえてきていた。
「ちくしょう! なんだよあいつ! 透かした野郎だぜ!」
ドンッ
と酒場のドアが強く開け放たれると、目付きの怖いスキンヘッドが筋肉の塊をぐいぐいと前に出して姿を現す。
「あの野郎! 偽物だったらただじゃおかねぇ……あ? 何だ? お前さん……ひょっとして」
恐ろしい面で、ぎろりとホヅミを睨みつける。
「お前さんも、勇者に用があってきたのか?」
「えっ……あ、はいっ」
体に力が入って思わず声か裏返ってしまう。筋肉はじっとホヅミを睨みつけると、フッと鼻を鳴らしてホヅミの横を通り過ぎる。
「止めとけ止めとけ。お嬢さんなんか相手にもされねぇぜ! はっはっはっ」
離れていく筋肉を尻目にほっとするホヅミは、そっと酒場の出入り口を覗き込む。酒場の中は酒に任せてガヤガヤ騒ぐものから泣き崩れる者までいて、いったいどこに勇者などいるのかとホヅミは思う。ホヅミは真っ先にカウンター越しに立つ、落ち着いた雰囲気を醸し出すマスターの元に寄った。
「あの、こちらに勇者さんが来てるって聞いたんですけど」
マスターはキュッキュッと音を立ててワイングラスを布で拭きながら、何も言わずに顎を左にやる。その先には身を鎧で固め、背に大きな剣を背負った男がテーブルに肘をついて座っていた。ホヅミは恐る恐るその男に近づいて、声をかける。
「あの、勇者……さん?」
トントン、部屋のドアが叩かれる。
「お食事のご用意が出来ました」
そういってドアは開かれると、女宿主が姿を現した。偽の勇者であるローレンスはちょうど今眠っていたところで、足はだらしなくベッドからはみ出しており、シーツは床に落ちてしまっている。
「むにゃ……んあ? 宿主さん? わざわざありがと」
それを確認すると、女宿主は一礼をしてにこやかに退出する。
窓からは朝日が差し込み、二度寝は許さないと言わんばかりにローレンスの目を刺激する。
「ふわぁ〜」
大きく口を開けてあくびをしながら背筋をぐいっと伸ばすと、ベッドから起き上がって部屋を後にする。ゆったりとした足取りで階段を降りていくと、美味しい食事の匂いがふんわりと空気中に漂う。焼き立てのパンの匂いがとっても香ばしい。
「おはようございます勇者様、朝食支度は整っております、どうぞこちらへ」
「ふむ」
女宿主ににこやかに案内され席へとつくローレンス。他にも宿に泊まっている客が居るようで、食卓は多少にぎやかになっていた。そして町で一番の宿というだけあって泊まっている客はそれ相応に小綺麗な格好をしていた。それを見てローレンスは乱れたホワイトシャートの襟を整える。
「どうぞごゆっくりなさってください」
「ふむ」
ローレンスはナイフとフォークを手に取り食器に乗った焼きたてのパンにナイフを入れる。溶けたバターの芳醇な香りが鼻を擽り、寝起きの胃袋を刺激して食欲を駆り立てる。だがローレンスは場の空気を読んで、上品な仕草に気を抜かない。咀嚼音を立てないのはもちろん、ナイフ捌き、口に食事を入れるその瞬間までにも気を遣い、皆に恥ずかしい振る舞いを見せぬように努める。
「ふむ。宿主殿、食事をありがとう。美味かった」
「そんな、勿体ないお言葉!」
ローレンスは席を立つと再び二階へと向かう。自室につくと、洗面台に立った。洗面台の蛇口には下位水魔法の術式がかけられており、少し魔力を込めると水が出る仕組みとなっている。部屋に備え付けの歯の洗浄粉と木製のブラシを手に取り、口の中を洗浄する。そして最後に顔を洗った。目の前の鏡に映る自分の顔を見て、歯を出してポーズを決めてはにやけ、ポーズを決めてはにやけるのを繰り返す。
「今日も俺、決まってんじゃん」
すると次にローレンスは浴室に向かう。浴室には固定された大きな蛇口が取り付けられていて、蛇口には穴が複数空いた蓋が取り付けられている。この蛇口には下位水魔法と下位熱魔法の二つの術式がかけられており、魔力を込めるだけでお湯が出る仕組みだ。また、熱湯を必要とする際は下位熱魔法の術式をかけ直さなくてはならない。もちろん湯浴みをするだけなので熱湯は必要ないが。
ローレンスは着ている衣服を脱いで、蛇口から出るお湯で全身の汗や汚れを洗い流す。備え付けの洗浄粉を布につけてゴシゴシ洗ったり、洗浄粉を頭につけて泡立てて頭の汚れを洗い流したりとすると、浴室を後にする。ここで宿に備え付けの布を使い体を隅々まで拭いていく。濡れた長髪は下位風魔法の術式を施した小さな小筒に、魔力を込める事で出る送風で乾かしていく。予め用意しておいた衣服に着替え、鎧や武器を身に纏った。
準備が整ったローレンスは荷物を肩に下げて、先程脱ぎ捨てた衣服を拾って部屋を出る。
「宿主、衣服の洗濯を頼む」
すると近くにいた女宿主は慌てて駆けつける。
「かしこまりました勇者様。衣服はお預かり致します」
「それから、少し外に出る」
「かしこまりました! もしや、見廻りですか?」
と言われ、少し目を逸らしながらローレンスは言う。
「そそ、そうだ。見廻りだ。勇者たるもの、いついかなる時も襲い来る魔物に警戒を怠ってはならないからなっ。また昨日の様に町の結界を上手く掻い潜った魔物が忍び込んでるやもしれんからな」
「そうですかそうですか。勇者様がいてくだされば、この町も安全です」
(んなわけねぇーだろ。散歩だ散歩)
「では、行ってくる」
そう言うと、深くお辞儀をして見送る女宿主を背に宿を出た。
外では露店が出ており、朝から客の呼び込みやら町人同士でのお付き合いやらで賑わっていた。歩いてやって来るローレンスの姿を見つけては皆が注目する。
「勇者様!」
「勇者様よ!」
「勇者様! こっち向いて!」
どこもかしこも勇者勇者と、偽物だと知らずに持て囃す町人を嘲笑って、大手を振って町を歩くローレンス。
「勇者様! ウチの新商品! ぜひ試してみてください」
露店に立つ活気のいい中年に呼ばれローレンスは出向いた。
「これは?」
「動物をモチーフにして作ったお焼きです。中には甘い果実をすり潰したものが入っています」
「ふむ」
中年からそれを受け取ると、ローレンスは口に運んだ。
「ふむ、なかなかの味だ」
「ほんとうですか!? ありがとうございます!」
「おいオヤジ! それ俺にも一つくれ」
「私にも!」
「僕にも!」
ローレンスの立ち寄った露店にはすぐさま人集りが出来る。
(はぁー、そろそろ飽きてきたなぁこの町も……来てからもう三日経つなぁ……そろそろ旅立たないと、勇者の面目が立たないだろうなぁ)
すると向こうから叫び散らす若者がこちらの方に向かってやって来る。
「大変だぁー! 大変だぁー! 勇者様ぁー!魔物が、魔物が結界を破って入ってきただぁー!」
「何!? 魔物だと!?」
ローレンスは驚いた。
「大丈夫! 慌てなくていい! なんと言っても我らには、勇者様がついているんだからなっ!」
「そうだ! ここには勇者様がいるんだ!」
「「「「「勇者! 勇者! 勇者! 勇者! 勇者!…」」」」」
人々が口を揃えて勇者を連呼する。しかしその当の勇者と呼ばれているローレンスの内心は、魔物の登場にひどく怯えていた。
(ど、どうしよおおおお! 金もらったらすぐ別の村に行けばよかった! 何だよ結界破って入ってきたって。結界破れる魔物って事は、少なくともAクラスの魔物。いや、Sクラスかも)
「来たぞぉー! キングベアーだ!」
(Sクラスきたぁーっ!!)
「グオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッッッ!!!!」
地鳴りを立てやって来たのは、家の高さを優に越してしまう程の巨体。目は真っ赤に染まり、牙をむき出しに唸るキングベアー。
「グオオオオオ!!」
キングベアーは暴れて腕をぶん回す。逃げ行く人々。するとキングベアーの腕が民家に突っ込んだと思ったら、民家の二階を吹き飛ばしてしまった。もしあれが人にあたっていればどうだったろうか。恐らく骨折では済まないだろう。想像するだけでも恐ろしく、足の竦むローレンス。
(あんなの当たったら死んじまうじゃねぇか! じょ、冗談じゃない。俺は逃げるぞ)
そして一歩後ずさるローレンスの足にしがみつくのは、期待を目に乗せて見上げる小さな子供。
「勇者様! やっつけてくれるんだよね!」
(何だよこのガキ! 離せよ!)
「グオオオオオォォッッッ!!!!」
「やーい! 魔物! お前なんて怖くないぞぉー!」
子供はローレンスの陰に隠れ魔物を挑発。おかげでキングベアーの血走る目がローレンスをぎろりと睨みつけると、地を揺らしこちらに向かって歩き出す。
「頑張ってね! 勇者様!」
(なんて事してくれたんだこのガキぃー!)
子供はウインクをしてローレンスから離れる。きらきらと目を輝かせて見守る子供をちらりと見ては、ローレンスは震える手を腰に差した剣に置いた。
ローレンスは至って普通の人間だ。魔物を討伐して国からお金をもらって、その日その日を繋いで生きてきた賞金稼ぎだった。しかし今ではその魔物も活発化の一途を辿る。太刀打ち出来ない強力な魔物に追いかけ回され、逃げ回る日々へと変わったローレンスは、勇者の存在を利用して人々の信頼や、金を騙し取る悪党に身を落とす始末。だがそんなローレンスにも心はあった。それは賞金稼ぎを目指した遠き日の思い出。
「父さん! やったよ! 俺、初めて魔物を倒したんだ!」
少年は初めて魔物を狩り、その興奮をいち早く尊敬する父に伝えた。少年の手には魔物から剥ぎ取った大きな尻尾が握られていた。
「おお、やるじゃないかローレンス」
「えへへ、すごいでしょ」
少年の頭を撫でて褒める父に、少年は無邪気に笑いを零す。
「ローレンス! あんたまた一人で外に行ってたのかい! 危ないって言ったろう!」
すると腰に手を据え、眉を釣り上げて怒る少年の母が姿を現した。
「良いじゃないか。ローレンスはもう十五になるんだ」
「まだ十五です!」
怒る母に宥めの言葉は通用しない。それだけ母にとっては、我が子であるローレンスを心配しているということだろう。
「俺! もっともっと修行して、父さんみたいな賞金稼ぎになって、お金いっぱい稼ぐからね!」
ドシンドシンと大きく地面を揺らし迫り来る獣。剥き出しの牙から垂涎するのは飢えている証。ローレンスは震える体で長剣を構える。
「来るなら……来い!」
やがてローレンスの前にキングベアーが立ちはだかる。ローレンスは勇気を振り絞って長剣を振りかざし、キングベアーに向かって突っ込んでいく。
「てぃやああああああ!!」
振り下ろされた長剣は、キングベアーの足元に突き立つ。しかし何度も長剣を突き立てても、キングベアーの硬い皮膚に傷一つつけることが出来ないローレンス。
「ええい! てやっ! たあ!」
その様子にキングベアーはにぃと口元を歪める。
「何だソレは、コウゲキか?」
キングベアーはその巨大な腕を振りかざし、ローレンスに向けて振り下ろす。
「ひぃ!?」
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