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剣術道場はクライマックスを迎えていた。
白い道着のイオリと黒い道着のサカキが、木刀でつばぜり合いをしている。
固唾を飲んで見守る女性陣。
ハルエは息を止めて2人の剣士に目を向けている。男同士の真剣勝負に完全にのまれていた。
誰かが、かそけき息を漏らす。
その瞬間――イオリは一歩後退し、上段の構えを取るやいなやサカキはその一瞬の隙をついて素早く胴を打ち込む。イオリは力なく木刀を床に落とし、「うっ」と項垂れて片膝をついた。そんなイオリを何食わぬ顔で見下ろすサカキ。汗一つかいてはいない。
「やだやだ、イオリくん大丈夫?」
「サカキのバカー、とっととくたばれ!」
「信じらんない。さっさと消えろよ、このタコ」
いつも8時20分のサカキの太眉毛がピクリと動く。
「手加減してっからよ」
言い分など聞く耳持たない彼女らは全員、我先にイオリの元へ駆け寄る。
ハルエの隣にいた女も、群がる彼女らを分け入るように手ぬぐい持った右手を懸命に伸ばしている。
イオリがおもむろに立ち上がり、髪をかきあげて笑みを浮かべると、みな安堵の色を浮かべた。彼の額の汗をたっぷり吸った手ぬぐいを受け取った女は狂喜してへたり込む。
イオリは、ほかの女に対しても、腰をかがめて目線を落とし、一人ひとりの頭をなでていた。ある者は顔を赤らめ涙目になり、またある者はもう死んでもいいという顔でイオリを見つめる。
(うわあ、なんやこの茶番は。もう見てられへんわ)
ハルエが冷めた目をしていると、彼の優しい目が自分に向けられていることに気付く。彼の白い首筋を流れる汗に生ツバを「ごくり」と飲み込んだ彼女は、胸の奥が一瞬きゅっと熱くなるのを感じた。
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