はずれもの

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はずれもの

 毎日同じ事の繰り返しで嫌になる。 「今日は何か食べたいものとかあります?」 「ない」  わかってる。うん、わかってる。答えはいつも同じ。 「じゃあ、今日食べたくないものはありますか?」 「ない」  ほらね、いつもと同じ。一言一句変わらない。 「では、今日は薬草を煮詰めて体が温まる汁物を作りますね」 「なんでもいい」  はぁ……。  毎日変わらなさすぎて退屈って感情を抱くことすら飽きてきた。 「昨日のエナミねぇさんのお供えは美味しかったですか?」 「別にいつもと変わらない」 「そう、ですか……」  村一番の料理上手のエナミねぇさんの料理を食べていつもと変わらない? 生贄様は心だけじゃなくて舌も乾ききってるらしい。  私だったら二日に置きにエナミねぇさんの料理が食べれるとか、嬉しすぎて小躍りしちゃう自信がある。 「あんたの料理よりは美味しい」 「……そりゃそうですよ。私とエナミねぇさんを比べないでください」 「あんたのはたまに不味くて食べれない」  クソ女。黙って食え。とでも言いたいところだけど、生贄様にそんな言葉を言うことなんてできず、頑張って笑顔を作る。 「生贄様が好き嫌いを言ってくれれば、私だって美味しく作れます」 「そんぐらい聞かなくてもわかるでしょ」  だから生贄様は嫌い。何かを聞けば言わなくてもわかれの一点張り。  言葉にしなきゃわからない! といつも内心キレてる。  力の限り薬草をすり潰してお湯の中に入れる。川で取れた魚でつみれを作って入れれば、見た目は完璧な汁物。味見は出来ないから勘で作るしかない。 「どーぞ、本日の夜のお供えです」  生贄様に出すものは全てお供えと言わなければいけない、らしい。エナミねぇさんに教えてもらった事を守ってるだけ。  生贄様は何も言わずにずずっと汁物をすすり、完食。  いただきますもごちそうさまも言わずに、感情もなく器を床に置く。 「お風呂」 「はいはい、わかってますからちょっと待ってください」  お供えを食べ終わった後は、生贄様をお風呂に入れる。  服を脱がして長い髪と体を洗う。  私より年下に見えるのに胸は私より大きいのがいつもムカつくポイント。 「生贄様はおいくつですか?」 「知らない」 「年齢を知らないなんてことないでしょう」 「そんなこと覚えていても意味は無い」 「どうしてです?」 「……本当に何も知らないの?」 「何をですか? もう少し具体的に言ってくれないとわかりません」  質問に質問で返されてムカッとしつつちゃんと答えたのに、生贄様は何も言わなくなった。  なんなの? 思春期ってやつ? だとしても許さん。  そのままお互いに一言も話さずにお風呂から出て、服を着させて、布団に入れさせる。  生贄様は自分から何かをすることはなく、全てお世話役の私が準備する。  同じ人間なんだから自分で動け、という文句はもう思わなくなった。あと一ヶ月の我慢だからね。 「それでは、おやすみなさい」  灯りを消して、生贄様が寝るまで見守る。  世話役は一日交代だから生贄様が寝た後も見守らなきゃいけない。小さな窓から入る月明かりが動くのをじっと見つめるぐらいしかやることが無い。夜のこの時間は暇と睡魔との戦い。 「おはようございます」  生贄様が起きるまで待って、起きてきたら挨拶。  エナミねぇさんはもう朝の準備をしているから私の時間はもう終わり。 「それではまた明日参ります」  エナミねぇさんに教えてもらった言葉をそのまま羅列。楽しくないけど、私の役割はこうするしかない。 「エナミねぇさん! また明日ね」 「あ、モロエも朝ごはん食べていきな。多めに作っておいたから」 「やった! エナミねぇさん大好き!」  この家で生贄様が入れない唯一の場所が台所。生贄様のお世話役の私とエナミねぇさんしか入れない、自由で大好きな場所。 「エナミねぇさんみたいに美味しいご飯を作れるようになりたい」 「モロエは随分成長したよ。世話役になったばかりの時は米すら炊けなかった子が、今やなんでも作れるようになったんだ。自信持ちな」 「そりゃ一年も料理してたらだいたいのものは作れるようになったけど……エナミねぇさんみたいに美味しく作れない」 「そりゃまぁ、生贄様に出すものは味見ができないから難しいんだよ」  生贄様は神様にお供えする人だから、私たちが口をつけたものを出してはいけない。それがエナミねぇさんから一番最初に教わったこと。 「生贄様ってなんで神様にお供えするの?」  私の質問にエナミねぇさんはびくりとした。なんでだろう。 「……二十年に一度、神様に生娘を捧げなくては私たちは安心して生きていくことができないの」  なんで神様に捧げないといけないの? 生娘って何? 生贄様は村の人じゃないけどどこからやってきたの?  たくさんの質問をエナミねぇさんにぶつける。 「そのうちモロエも知ることになる。今は知らないままでいて。私の大好きな幸せで明るいモロエでいて欲しいの」  大好きよ、モロエ。  エナミねぇさんは優しくつぶやくと抱きしめてくれる。エナミねぇさんはいつも暖かくて大好き。ちょうど私の顔に胸が当たるのだけちょっと嫌。胸が大きすぎていつも苦しくなる。  それでも、エナミねぇさんのことはいつでも大好き。 「そろそろ生贄様のところに行かないと。また明日ね」  エナミねぇさんとばいばいして家に帰る。  あと一ヶ月、一ヶ月であの冷たい生贄様とお別れできる。あと少しだけ頑張るぞ。  村長とエナミねぇさんと私。それから生贄様。  白装束を着て、川に入って何かを唱える。村人全員が覚えてる言葉だけど意味は知らない。  それから生贄様に向かって礼を尽くして、村長は先に帰る。  世話役のエナミねぇさんと私は生贄様がちゃんと洞穴に入るのを見守らなきゃいけない決まりらしい。 「二エコ様、村をお守りくださいませ」  生贄様の名前は二エコだけど、本当の名前じゃないとエナミねぇさんが言ってた。生贄様は代々二エコと名付けられるらしい。  だから、この儀式の時はいつも同じ名前を言うんだって。 「何も考えず、疑わず、他者の犠牲の上に生き続けるのはさぞ楽なことでしょう」  生贄様は相変わらずよくわからないことを言う。もっとわかりやすい言葉を言えばいいのに。  エナミねぇさんと生贄様の姿が洞穴に消えていくのを見守る。 「エナミねぇさん、帰ろっ!」  私は一年間の役割を終えて晴れ晴れとした気持ちでエナミねぇさんを見ると、突然エナミねぇさんは膝から崩れ落ちる。 「えっ、エナミねぇさん……? どうしたの?」 「決まりに書かれていない言葉を発するなんて……!」 「エナミねぇさん、どうしたの? それって何かだめなの?」 「どうしよう、村長になんて言えば……」 「エナミねぇさん……?」  いつもと違う。  エナミねぇさんはいつも優しくて、どんなことが起きても優しく笑って対応してくれる。  とても素敵な大人の人。  それなのに、今のエナミねぇさんは素敵な大人に見えない。 「生贄は世話役にありがとうとだけ言って神様の元へ行く決まりなのに……あんなことを言ってしまったら」  エナミねぇさんはわんわんと泣き始めた。大人のエナミねぇさんが、子供みたいに泣いてる。  私はどうすればいいんだろう。  どうすればいいかわからず、私もエナミねぇさんと一緒にわんわんと泣くことしかできなかった。
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