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「はあ、相変わらず未だそんな事言っている」
と呆れたように彼が溜息をついた時ポツポツと雨が降り出した。
「じゃまた!いつもご利用有難うございます!」
私は不毛な会話を打ち切るように早口で別れの挨拶をいい、店内に入った。
★
彼女の後ろ姿を眺めて再度溜息をこぼすと、デイバックの中から折り畳み傘を取り出した。
(予報は雨じゃなかった)
詮ないことを思いながら傘を広げ、家路につく。
全てに準備を怠らない自分は好きだ。仕事でも予想し対策を練って実行する。シンプルな一連の流れ。
社会人になって数年目だが、学生の時からやっていた投資が実を結んで歳の割には蓄えがある方だと思う。その蓄えを彼女が夢見る店の開業資金に充てるのもやぶさかじゃない。以前彼女に支援を提案したら物凄く怒られた。
『お金で心は買えないよ!それじゃ、どんどん離れていくよ!』
分かってないのは彼女の方だと思う。
愛があるからお金を出すのに。
確かに真一さんの料理は美味しい。独創性があり彼女が師匠と崇めるのも理解出来る。味覚オンチだった僕の舌も虜にした。
高校卒業と同時に彼女は彼の店に住み始めた。少ない人手で切り盛りする為に真一さんが出した、店舗兼住宅への住み込み従業員募集に彼女はすぐ飛びついた。
店長の関口真一さんは今の彼女と同じ様に、高校卒業後調理学校に通い料理人になった人だ。若くして店を持てたのは運と才覚だろう。仕事には厳しいが穏やかな人柄だと身辺調査ではあがってきた。だけど、たとえ彼女と一回り年の差があっても男は男。
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