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知らぬ仏より馴染みの鬼
第1話、『仁義対怨嗟』
◇その一、廃墟巡りは危ないですよ
○山中キロは語る
その日は蒸し暑い夜だった。こんなに暑いのは生まれて初めてじゃないだろうか。
冷房の効いた部屋でとっとと寝たいものだ。
だというのに俺こと山中キロは、数人の仲間と一緒に町はずれの廃ビルにいた。
勿論、冷房などない。ガキの時分ならいざ知らず、高校生が好んで来たい場所ではない。
時刻は深夜〇時を回っていた。
ではなぜ俺達はここにいるのか。
それもこれも全部、こいつがやらかしたせいだ。俺達はそのとばっちりでかきたくもない汗をかいている。
「みんな、ちゃんと口裏合わせた?へまはこいつだけで勘弁してよね」
「もう分かってるって~、寧々ちゃん達は四人でここに肝試しっしょ」
「あんた本当に分かってんの?ばれないようにさりげなくだってさ」
「もう大丈夫だって、いくら寧々ちゃんでもそれくらいできるよ。――ていうか、寧々ちゃんそういうのツッチーより得意だから」
「はっ、どうだか。――あと次、その呼び方したら殺すから」
「あれれ~、その次って具体的にあと何回かな?寧々ちゃんバカだからよくわかんな~い」
「・・・いい性格してんよ、まったく。いや、褒めてねえから――あんたバカでしょ」
自分のことを寧々とか言っている痛いぶりっ子が千里寧々。
見てくれはまあまあ整っていると思う。
本人は隠しているつもりだが空手の有段者だ。
つまりいい性格の女だ。別に褒めているわけではない。
その横で荷物に腰かけている気の強そうなバカ真面目が土屋優希。
元いじめられっ子の、現いじめっ子だ。
見た目こそ勝気だが、虎の威を借りる狐そのものなバカだ。
このバカ二人はいつもこんな調子で存外仲良しである
二人には、今夜友達四人で肝試しにいくことを、噂として(それとなく)周囲に広めてもらった。
こういう時、彼女らの交友関係の広さは都合がよかった。
これからおきる事に対し、いかにも偶然を装うための必要事項だった。
そう、これから出くわす事故はあくまで偶然でなければならない。
「・・・どうでもいいから早くしてよ。明日早いし、帰って少しでも寝ておきたいんだけど、それになんか匂う」
ようやく口を開いたと思えば悪態だ。
この長身の女は多田真知子。美人だが不愛想で口数が少ない。
愛想もなく浮いた話もない。
それもそのはず、こいつは寧々の道場空手と違い本当の化物だ。
下手に口説こうものなら殺されるに決まっている。
金が必要だからと用心棒代わりに使ってやっているが、わけは知らないし興味もない。
「まあ待ってよ」
多田はバイトの掛け持ちをしているらしい。
明日は早番なのだろう。
夏休みだというのにご苦労だな。
「今夜が最後の夜だし締めこそきっちりしよう。急いては仕損じるものだよ?」
「回りくどいのやめて。・・・なにか待ってた?」
こいつはこれで中々キレる。
他の女共と違い、一から説明しなくてもこちらの意図を察してくれる。
正直、今夜で別れるのは惜しいが仕方ない。
「うんまあね。――(腕時計で時刻を確かめる)――、・・・そろそろいいよ、始めようか」
時刻は深夜一時に差し掛かろうとしていた。
事前の調べでは、ここら辺は清掃業者がよく巡回している。
この廃ビルも周辺は見回るそうだが、崩落の危険があるとか、未だに私有地だとかで中までは入ってこない。
巡回は深夜の〇時から一時にかけて一度だけ。
トラックで徐行しながら車内から顔を出す程度だ。
先程、車のエンジン音が通過していったようだ。これで今夜は誰もここに近づかない。
次の巡回は、早くて早朝の五時過ぎ。何かをするには十分な時間だろう。
「じゃ、優希。その荷物起こしてもらえる?」
「はいよ」
彼女はおもむろに立ち上がると先程から腰かけているそれを蹴り上げた。
「っ!――ごほっ、かはっ」
「門倉さん大丈夫?あっちゃぁ、むせちゃってるね。落ち着いてゆっくり整えてね」
靴先が鳩尾に刺さっている。これではしばらくしゃべれそうにないな。
・・・これだからバカは、無駄な手間が増えて困る。
彼女は、『このお荷物』こと門倉優子。俺達の元リーダーであり、ここでたまたま出くわす予定の五人目である。
ぼさぼさの髪に野暮ったい眼鏡をかけた冴えない外見、腐女子とかいうやつだ。
今は手足を縛られ口も塞ぎ、身動きの取れない状態で床に転がっている。
これで中々使えるやつだったが今が捨て時だろう。
因みに今後の事を考えて手足には予めサポーターを着けその上から縛っておいた。そうすることで縛った跡を誤魔化すためだ。
「なに?まだなんかあんのこの女」
「それは彼女次第かな?話次第じゃ助かるかもね」
勿論、嘘だ。
が、ある意味で本当ともいえる。
警察あたりに死体を発見させるかはまだ考えているからだ。
・・・まあいい、こいつの息が整うまでを状況整理にあてよう。
なにぶん急な展開だった。限られた時間内でうまく立ち回ってこれたとは思う。
しかし後になってこのお荷物もが必要に迫られる可能性も絶対ないとは言い切れない。
だが、ここからはアドリブだ。
このことは他の三人にも内緒にしてある。まとめ役として不信感は与えたくない。
俺ならうまくやれる。
これからいい感じに必要な情報を聞き出し、それを俺だけが独占する。
それ次第でこのお荷物の処分方法も自ずと決まるだろう。
整理すると、
・タイムリミットは今現在から早朝五時までの約四時間。
・時間内にこのお荷物から必要な、またはおいしそうな情報を聞き出し騙し取る。
・その情報は、俺だけが分かる形で聞き出し一人で独占する。
・その後、後始末を終え、彼女らには手切れ金を渡し縁を切る。
・後始末を考えれば、始めの尋問にあまり時間はかけられない。
・成果に関係なく尋問は三〇分間とする。
彼女の猿ぐつわを外してやる。
――よし。ゲーム開始だ。
「改めておはよう門倉さん。調子はどうかな?月並みなセリフだけど騒いでも誰も来ないよ」
「試しても構わないけど、僕はうるさい女と馬鹿な女は躾けるべきだと思う」
彼女は暫し目を伏せたあと恐る恐る呟いた。
「・・・私、殺されるんですね。命乞いとかまだ、受け付けていますか?」
瞳に恐怖の色が見える。だが思考は停止していないようだ。よし、ついてる。
パニックは起こしていない。
「流石は門倉さん、話が早くて助かるよ。アニメなんかでこういったシーンでもあるのかな?こうオタク的なデジャヴとかさ」
「・・・」
流石にこちらの軽口に付き合う余裕はないか。
「・・・私、まだ死にたくありません。だから助けてください」
こいつの目、怯えの中にも決意が垣間見える。なにか企んでいるな。
楽しみだな。
「よしよしいい子だね、門倉さん。そろそろ考えは纏まったよね」
「タイムリミットは三〇分のフリーテーマだ。精一杯鳴いて観客を愉しませてよ」
「見事、僕を満足させられたなら、・・・奇跡はあるかもしれないね」
必死に悩め、苦しめ。追い詰められた眼は口ほどにものをいう。俺に駆け引きなんざ通じねえからよ。
おまえが俺を出し抜こうと動くたびに見定めてやるよ。
せいぜい希望に縋って絶望しろ。
おまえにはもう助かる見込みはねえんだよ。
彼女は、俺とその取り巻き三人の顔を順番に見つめ、しばらく天を仰ぐと意を決したように口を開いた。
「・・・では、こんな話は知っていますか?」
「先程気付いたのですが、ここは町はずれに建つ廃ビルのエントランスですよね。何度か訪れましたので」
「これからこのビルについてお話しします。少し回りくどく感じるでしょうが、今の私達に関係した話ですので辛抱ください」
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