1.望まない依頼者

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1.望まない依頼者

 日中の地下鉄出入口を、ひっきりなしに人が出入りする。うんざりするほど人を飲み込み、そしてまた吐き出す。その吐き出される人々の中に、日の光を浴びてふと足を止めるスーツ姿の男が二人いた。  両人ともスラリと背は高く、一方は七三分けの短髪で黒縁眼鏡のサラリーマン風、もう一方は肩まで伸びる長髪を上半分だけくくってサングラスをかけており、いかにも堅気じゃない雰囲気が漂う。およそ似つかわしくないその組み合わせが、同じ方向へと渋々歩みを進めた。 「この街は本当人が多くて嫌だね」  長髪の愚痴に苦笑しつつ、「仕事ですから辛抱してください」と七三が宥める。人も多いが周囲のビルも多く、そして高い。最初にこの光景を“コンクリートジャングル”と名付けた人は天才だろう。そんなビル群と、交通量の多い四車線の道路に挟まれた歩道を歩いていると、前方から一人の若い女性がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。  歳は二十代前半だろうか。初夏のこの季節にしてはロングスカート姿で、後ろに背負ったリュックの紐を両手で持ち、白いベレー帽を被っている。少し俯いているせいか黒くて長い髪が前面に影を落とし、顔は見えなかった。  彼女とすれ違ったところで長髪が、「お嬢さん、落としましたよ」とハンカチを見せつつ声を掛ける。  ハッとして振り返る彼女は、その一般人離れした彼の雰囲気に思わずギョッとしたが、彼がこれ見よがしにサングラスを外すと、そこにはアラフォーとは思えないほどの張りのある肌と、見目麗しい目鼻立ちがあった。そのあまりのギャップに、彼女はぼうっとその場に立ち尽くす。  傍にいた七三が「先生」と声をかけると、我に返った彼女が「それ、私のじゃないです!」とジェスチャー付きで否定した。 「そうでしたか。呼び止めてしまってすみません」  そう言ってにっこり微笑むと、彼女は急激に赤く染まった頬を両手で覆いながら、ペコリとお辞儀をして足早にその場を立ち去った。 「ボランティアですか? 明水(めいすい)先生」 「違うよ、三善(みよし)。この街では可愛い女性に声をかけるのが常識だろ?」  拾ったと嘘をついたハンカチを流れるようにジャケットの内ポケットへ仕舞いながら明水は言う。それを見ながら「ナンパのつもりですか…」と三善は吐き捨てるが、眼鏡の奥は明水のもう片方の手元から外さない。そこには、逃れようと必死にもがく小さな異形(いぎょう)の姿があった。  それは、前方に姿が見えた時から彼女の左肩に引っ付いていた。明水は彼女へハンカチを見せている間に、そっと異形だけを掴み取ったのだ。
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