Mの向こう側

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私が再び新井先生に連絡をしたのはそれから一週間経ってからで先生達が教育実習最後の挨拶を皆にした時も連絡しなくて、先生が学校に来なくなってからの連絡だった。 「お久しぶりです、お話ししたい事があるのと急で悪いんですけど勉強教えて貰いたいです。」 「久しぶり連絡ありがとう、分かったテスト勉強?」 「はい、世界史のフランス革命辺りごちゃごちゃして覚えられなくて。」 「社会だけじゃなくて他の教科もいいよ、理系はちょっと弱いけど(笑)。」 テスト勉強は会うための口実に近かった、会って付き合う事について考えた事だけ話し合うとなると空気もあまり良くない気がしてテスト勉強を出しにした。 分からない所がるのは本当だし元々勉強が好きではないので要領が掴めないと行き詰る事は多かった、なので新井先生から他の教科もいいと言われたのは大分有難かった。選択授業では文系専攻で取っているから理系も数学くらいだから教えてもらえそうと素直に助かった気持ちだった。 先生から提案された場所は隣街にある大きな図書館、会議室やホールもある大きな施設で図書館の設備も蔵書数が多いのはもちろん勉強スペースも沢山あるのでうちの生徒でも勉強に通う人もいるほどだった。 二人の予定が合ったのは日曜の午後でうちの藤咲高校の生徒や明観大学の新井先生の同級生に見られる可能性はかなり高い。その日午前中部活だった私は女子バレー部で用意していつも着て帰る揃いのジャージではなく、私服に着替えて帰る事にした。新井先生から言われて着替える事にした訳ではなく自分で考えて着替える事を決めた、だって私と一緒にいる事で迷惑かけるなんてもっての外だもん。 「あれ?友香さん今日用あるんですか?」 「うん、中学の友達と会うから。」 「そのワイドパンツ可愛いですね。」 部室で着替えていると後輩に話しかけられてドキリとしてしまった、普段部活終わりはそのまま部活のジャージで帰る人がほとんどで着替える=何かあると考えるのは当然だったけどその理由はデートだったり遊びだったり様々なのでそこまで深く聞かれなかった。 私服の理由を聞かれてビクついていたはずなのに選んできたワイドパンツを褒められてつい顔が緩んでしまう、タンスを中を一通り見ていくつかの候補を広げて散々悩んだコーディネートを褒められたので少し自信が出た。 でもどんなに頑張っても部活の大きなカバンで行かなくてはいけないのでそれだけはコーディネートとして残念でならなかった。 電車に乗って二駅、待ち合わせの駅の正面口に着いて報告しようとスマホを出した時に後ろから声をかけられた。 「久住さん?」 声の方に振り向けば待ち合わせ相手の新井先生、でも学校で見てたスーツ姿でも部活で見たジャージ姿でもなくパーカーにスリムパンツのカジュアルな姿で学校で見るよりも年の近さを感じた。かっこいいのと学校とのギャップにキュンとしていて声が出なかった。 「どうした?何か変だった?」 「あ、全然!学校と雰囲気違ってついガン見してしまって。」 「学校だとキッチリしてたからね、図書館こっちね。」 普段のラフな感じの新井先生の隣に並んで歩くのは少し緊張もしたけどどこか嬉しくて勝手にニヤけてしまう、マスクしていて良かったと思いながら歩いていた。 幸い図書館もそれほど混んでなく勉強机も空いていてすんなり座れた、席に着いて早速教科書・ノート・筆記用具を用意すれば新井先生も「どの教科書からやる?」と優しく聞いてくれて勉強が始まった。社会・数学・と私の苦手な教科を持って来たのだがどれも丁寧に教えてくれた、新井先生は社会科の担任で教えていたのだがその社会科はもちろんの事数学も分かりやすく公式の使い方もようやくポイントを掴む事が出来た。 「次古典なんですけど。」 「古典かー、俺古典あんまり得意じゃないんだ。」 「そうなんですか、どうします?」 「俺も一緒に勉強するみたいになりそうだけどそれでも良ければ。」 苦手なものは正直に言ってくれる飾らない新井先生はとても居心地が良く静かで落ち着いた空間もあって勉強はスムーズに進んでいった。 それは新井先生の教え方が上手い事も大いにあり苦手と言ってた古典も、問題の古今和歌集や平家物語の本や資料を探してきてくれて文章のストーリーや内容から理解してそれからの方が分かりやすく出来ると勉強方法も提案してくれて有意義な時間になった。 「ここは未然形で合ってます?」 「そうだね、後は活用が何か。」 「んー・・変格・・。」 「変格?」 「じゃないですね、変格は限られてるんですもんね。」 取ったノートを見返してどの活用方法が当てはまるか探し出す、探しながらもまだ理解出来てないので若干当てずっぽうになってきていた。そんな時にグーっと私のお腹がはっきり鳴った、静かな図書館で隣にいる新井先生にも聞こえているのは絶対。恥ずかし過ぎて黙ってしまった私だったけど顔が熱いから絶対顔赤くなってる。 「ふふっ(笑)、お腹空いたら頭働かないよね。」 「ごめんなさい、めっちゃ鳴りましたもんね。」 「それだけちゃんと勉強したって事だよ。どうする?どっか食べ行く?」 「はい、途中ですみません。」 「いいよー、俺も久しぶりに古典やって勉強になったし楽しかった。近くのカフェでいい?サンドウィッチとかバーガー系のお店なんだけどどう?」 「はい、何でも食べるので大丈夫です。」 私の腹の虫に合わせる形で勉強は終わりになって図書館を出ることに、こんな時にドデカく鳴ったお腹を恨むしかなかったけどそれに優しくフォローしてくれる先生は年上らしくて教えられた本性が霞むほど。やっぱり好きで付き合いたい気持ちは変わらなかった。 図書館を出る時に新井先生の様子がちょっと違うのは感じていたけど好きな気持ちで見ないフリをしていた、それを察してしまったらきっと良くないと本能的に避けて分かってない子供でいた。 先生が連れてきてくれたお店はハンバーガーもコーヒーも美味しくてそこから話も弾んでいった、でも弾んでいるようにしていたのは私だけだったのは食事をしながら流石に分かった。どこか気まずそうにする先生を見て先生は真面目で素直なのを改めて理解したし、噓が付けない人なんだと知らされた。今の私には知りたくないことだった、それはこの後何を言われるか分かってしまうから、浮かれてる私は目を背けるしかなかった。 「凄い美味しかったです。」 「口に合って良かったよ。」 食事も終わって私が笑って話しかけても少しこわばった笑顔で新井先生はコーヒーを飲んでいる、それが気まずさを誤魔化すみたいで嫌だった。私は気まずくなんか思ってないのに先生一人が気まずく思ってるのを表してるみたいで嫌だった。 「久住さん、今日話があるって言ってたじゃん?今それ話せる?」 恐る恐る話し出した先生、恐る恐るに見えていたのは私の偏見かもしれないけど目が泳いで手は気持ちを落ち着けようとしてるみたいに首を触っていた。そんな先生に今私の気持ちを言っていいの?目の前の先生を困らせる事は分かってしまったけど、今日はその為に来たのだからと今の気持ちを正直に言う事にした。 「はい、先生に言われてよく考えたんですけど、私は新井先生の事好きです。先生と付き合いたいです。」 「そっか。」 ほらやっぱり困ってる、ちゃんと目見てくれないしまたコーヒーに口付けてる。少し間をおいて先生が重い口を開いた。 「今日久住さんと一緒にいて、やっぱり久住さんは素敵な人だなって思ったんだよね。だけどここで俺と深く関わったら少なからず久住さんに悪い影響与える可能性があると思うんだよ。これから進学してもっと広い社会で色んな人に会うと思うし。」 「何でそんなこと言うんです?」 「その・・俺自身の勝手に振り回しちゃうのかなって。」 遠回しに言ってちゃんと言って来ない先生の言い分に私は黙ってしまった、それって付き合えないってことでしょう? 決定的に言わないだけ余計に虚しさが押し寄せてくる、黙っている私に困る新井先生はまたコーヒーに口を付けていた。結構飲んでてもうコーヒー入ってないだろうに沈黙に耐えられなくてコーヒーを手に取る先生に苛立ちが出る、振り回すって今も散々振り回してるくせに何言ってるの?断るなら何で今日勉強教えたりしたの?苛立ちと虚しさが心をきつくしていく、ここで私が先生にすがれば先生は考え直してくれるの?それは先生を困らせるだけだよね? 我儘に自分の気持ちを押し付けたい自我と先生の前ではいつでも物分かりの良い子でいたい理性が私の中で葛藤している、まるでスライドショーのように気持ちがスパスパと変わり私の沈黙は続いた。気持ちの奥ではもうダメなの分かっているが故に声を出せないのが自分でも重々理解していた、ここで私が口を開けば先生との関係は終わる。 分かっているから声を出せないでいた私だけど最後の最後に勝った理性によって言葉を出すことが出来た。 「それは私はダメって事です?」 「久住さんは悪くないよ、俺の問題みたいな所だから久住さんのせいじゃない。」 「分かりました、整理してから帰るので私はおいてってください。」 自分のせいと言い張る先生にささやかな抵抗として私が言ったのは「おいてってください。」だった。ほっといて欲しかったのと先生に対する苛立ちが強かったんだと思う、そんなことが抵抗になっているのかさえ分からなかったけど「ごめんね。」と言った先生は伝票を持って席を立って行った。 そして先生が店を出たのを確認して大きな息を吐いた、好きだった絶頂にフラれて絶賛泣きたかったけどお店で泣くわけにもいかない。残っていたコーヒーを飲んだけどすっかり冷めていて冷たさが気持ちを寂しくさせていった。もしかして先生が戻って来てくれるんじゃないか、何て淡い希望を持ってしばらくいたけど先生が戻って来ることはなかった。 それで私も諦めるしかなくって席を立った、先生の飲んでいたコーヒーのカップはやっぱり空ですっかり乾いていた。 駅までの道のりは足が重くて憂鬱でしかなかった、日が暮れ始めた外は街灯が付き始めている。とにかく憂鬱で脚が重くて仕方がなかった、そんな中駅まで歩いていて脚の重さが気持ちだけのものじゃないのが左膝の痛みで分かった。 そっか、今日急いでてクールダウン短くしたからそのせいかな。 悪い事があるとそのまま立て続けに悪い事が起こるとは言うけど正にそうだ、痛みを認知するとより痛みが強く感じて駅に着く頃には大分痛みが強かった。湿布すれば楽になると思って駅前に着いてドラッグストアを探した。駅前ならドラッグストアぐらいあると思ってスマホのマップアプリで探せば何件かあるのが分かった、一番近いドラッグストアの方向を探して周りを見回している時にバチッと目が合った。 余りの事に思わず二度見をしたがその相手は新井先生で花壇前のベンチに座っていた、目が合ってすぐに目を反らした先生だったけど誰かと一緒にいる様子でもなくそこにいる先生に意味が分からないのと同時に先ほどの苛立ちもあって座っている新井先生の元に向かった。 「何でまだいるんですか?」 「久住さん置いて店出たけど心配で、久住さんが駅まで来たの見届けたら帰ろうと思ってた。脚痛いの?」 「膝ちょっと痛くて。」 「そうなの?座って、病院に行く?」 「そこまでじゃ、湿布すれば良くなると思いますから。」 「なら座って待ってて、俺買ってくるから。」 有無を言わせず走って行ってしまった新井先生、そんなことされるとは思ってなくって面食らってしまった私は大人しく先生が座っていた場所に座った。そこはまだ温かくて長いこと座っていたのが分かった、そんな事するならお店に迎えに来てくれればいいのにとも思ったけど先生がそこまでしてくれるのは嬉しかった。 しばらくして走って帰って来た先生の手には湿布にテーピングがあり、そのまま私の足元に跪くと「左脚だったよね?」と聞いて左脚のワイドパンツを捲り上げて左膝を剥き出しにした。そこまでされるなんて思いもしなかったからされるがまま固まっていたけど懸命に尽くしてくれる新井先生の行動は私にまた淡い期待を抱かせた。 「何でそこまでするんです?さっき付き合えないって言ったのに。」 「・・・膝痛いのとさっきのは関係ないから。」 「そうやって今優しくされるのが私は辛いんです、分かんないんですか?」 バツが悪そうに話す先生の声はマスク越しでは聞き取るのがやっとだったけどそれを聞いて私の淡い期待は消えてそれは怒りに変換された、私の問いかけにキョトンとしている先生を見たら怒りは沸々と増えてくる。 「さっきフったのにこうやって優しくされたら少なからず期待します、駅で待ってたりとかそんな思わすぶりな事して分かってないんです?」 「ごめん、本当に大丈夫かなって思って。」 静かに責め立てる私に対してただ謝る新井先生を見て分かった。 この人はどんな時も真面目だけどそれが相手を振り回してることを分かってないんだと、真面目過ぎて正しい事をしてるけどそれをされた相手の気持ちは分かっていないから無意識に振り回してるタチの悪い人だと分かった。確かに今膝を痛めている私を気遣うのは当然のことだろう、だけどさっきフッた相手にする事で相手が辛くなるのを分かってないんだと。 怒りでアドレナリンが大量に出ている私は理性などなくなり、新井先生に自分の意のままに行動をした。足元にいる先生の前に痛めている左膝を突き出して要求した。 「そんなに心配なら膝にキスしてください。」 「え?」 「先生が自分で言ったんですよ、舐めたいなら舐めてもいいですよ。そんな機会滅多にないですからね。」 怒りで理性を捨てた私は頭のネジも無くなり得意げに先生に提案をしていた、前に自分でやりたいって言ってた事を言われて先生は困っている。今は私が先生を振り回してると思うと優越感が満たされてもっと困らせたくなった、幸いこちらを気にしてる人はいなくて皆駅に急いでいる人ばかり。 「先生、シて。」 先生に顔を近づけて語気を強めて要求した、先生が葛藤しているは分かりやすくて支えるために私の左脚に添えられていた右手が汗ばんできていた。 そして自分を正当化するためだろう、「久住さんがそう言うなら。」と言ってマスクを顎までずらして左膝に口を寄せた。でもそれは私が先生の頭を押さえて止めた、困惑して見上げくる先生のマスクを鼻まで引き上げて元の位置に戻す。 「直接キスしたいなら私と付き合ってください。」 更なる要求に先生の困惑は火を見るよりも明らかだった、でも一度は外れた理性を立て直すのは容易ではない。 新井先生がこちらをキリと見たかと思ったらマスクを再び顎までずらして左膝にキス、だけでは終わらず膝に舌を這わせて舐めた後ゆっくりとすねへと舐め下げて行き足首まで行くとようやく舌が離れた。 舐められて気持ちいいなどはなくくすぐったい感覚だけでその行動にはもはや驚きはなかった、むしろその後何事もなかった様にマスクを戻し左膝に湿布を貼って剝がれない様に丁寧にテーピングをする先生の行動の方に驚いた。テーピングが終わると捲り上げたワイドパンツを戻して私の隣に座った、本当にそれこそ何もなかった顔をして。 それがまた面白くて私の感情が行動を起こしたくてウズウズしだした、隣に座った新井先生の足元のスニーカーを確認してその甲を踏みつけた。もちろんかかとでなるべく痛くなるように、踏んだ瞬間右隣の先生の喉が上下に動いて生唾飲んだのが視界の片隅で分かった。 よほど嬉しかったみたでその後耳元で「久住さんと付き合えて良かった。」と言われた言葉はマスク越しでも熱が分かったし、こんな状況でも指一本触れて来ないことで新井先生の生真面目さがよく分かった。 先生、先生はこの後どんなことを教えてくれるの?
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