01.探偵の心得

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──リンネは〈探偵〉である。 探偵と聞くと素行調査や浮気調査、人探しなどを生業とするイメージが浮かぶが、ここで言う〈探偵〉は世間一般的な探偵とは少々実態が異なる。 「新しい夢現(むげん)に誘われたんだってね」 夢現、とリンネは言った。夢現とは、現実に影響を与えうる夢、というのが一樹の解釈だった。 普通の人から見れば、これは荒唐無稽で曖昧模糊な夢と変わりない。 しかし、近年各地で勃発している原因不明の病の元凶が、おそらくこの夢現にあるというのを、一樹は知っていた。 ──夢現で死ぬと、現実で二度と目が醒めなくなる。 そしてこの夢現は自然に発生するものではなく、とある出所不明の薬──ドリアルXを服用することで人為的に発現するものである。 夢現を生み出した者のことを、そのままずばり夢現発現者というのだが、意図的であれ無意識であれ発現者の心にある強い感情によって生み出された夢現は、そのフィールドに関わる人間を強制的に誘い、そして閉じ込めてしまう。 人為的であるがゆえ、悪意を持って夢現を生み出す者は一定数いるようで、しかもその悪意が殺意であった場合、夢現は一気に密室の殺人現場へと成り代わる。 そのような状況下にあっては、閉じ込められた者たちに抗う術はほとんどない。 危機的状況に気づかず、恐怖を覚えるより前に殺され、現実で目を醒さない新たな犠牲者となってしまう──。 一樹は深く息を吐き出した。 「──俺が夢現に誘われたってことは、そういうことなんだろ」 事前にリンネには電話で伝えていた。訳あって、一樹が見たその夢現には、明確な悪意を持って殺人を犯した夢現発現者が潜んでいる。 夢現で殺人を犯した者のことを──凶徒(きょうと)と言う。夢現発現者と同一視されがちだが、さきに述べた違いがあるため、必ずしもイコールにはならない。 このあたりが少しややこしい。 ともかく、探偵は殺人が起こった夢現に──理不尽なことに──自分の意思とは無関係に呼び出される。 いきなりそんな牙城に放り出され、事件解決を余儀なくされるのだ。 〈探偵〉は夢現の悪意への唯一の抑止力となる。そして同時に、誰よりも危険な状態に身をさらすことになる。 何故なら、探偵には、凶徒に対抗できる様々な特性が存在している──それを凶徒は知っているから。だからこそ凶徒は、自身の属する夢現に探偵が潜り込んできたことを知ると、何より優先して探偵を殺そうとする──。 突然飛び込んできた邪魔者を見つけ出し息の根を止めたい凶徒と、脅威を突き止めて生き残りたい探偵。 ──ここに明確な対立関係が生まれるのである。 そしてまた一樹も探偵だった。──いや、正確にいうと、つい最近探偵になってしまった。 意図的になろうと思ったわけではない。 その原因は目の前にいる彼女なのだが、それは以前、一樹が一般人として誘われた禍々しい夢現の事件を解決する過程で起こったことであり、それについて彼女のことを責める気はさらさらない。 問題なのは、一樹が探偵として初めて夢現に誘われた、ということだった。そのため、一樹には探偵としてのノウハウが一切ない。 「だからリンネに色々聞いておきたい。──死にたくないからな」 そう言って一樹は硬く指を絡めた。
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