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ある森の中で、一匹の子クマが川辺に座っていた。
晴れた日はここで弁当を食べるのが彼の楽しみだった。彼は懐から大きなおにぎりを取り出す。
その時、木々を大きく傾けるほどの強風が吹いた。
「あっ」
思わず彼はおにぎりを取り落とした。おにぎりはそのままころころと転がり川へと落ちていく。
まだ泳ぐことのできない彼は呆然とそれを見送ることしかできなかった。
◆
川に落ちたおにぎりは、水流によって固められた米がばらばらと剝がされていく。
そして米の中から沢山のイクラが零れた。母クマが昨日取ったばかりの新鮮なイクラだ。イクラたちはおにぎりの中という厳しい環境下でそのほとんどが力尽きていたが、特に辛抱強いイクラにはまだ息があった。
その苦難を越えたイクラは母なる川に戻されたことで孵化を果たした。殻を破り、自由に動ける力を得て、はじめて外界をその目に映す。
そしてイクラ、いやシャケとなった彼女は本能に従い川を下る。しかしふと引き寄せられたように来た川を振り返った。小さなクマと目が合う。
彼女は悟った。
そうか、あのクマが私を助けてくれたのだと。
◆
海に出てからも彼女は多くの障害にぶつかった。命の危機にも何度遭遇したかわからない。だが彼女は持ち前の辛抱強さと機転でそれらを乗り越えていった。
こんなの、おにぎりの中にいた時と比べれば。
彼女は強い心を持ち続けた。そして、もはや誰もあの小さなイクラだったとは信じられないほど大きなシャケになっていた。
やがて彼女には心の許せる相手ができた。
彼はおにぎりの中から生還したという彼女の話を真剣に聞いてくれた唯一のシャケだった。「そんなわけあるかよ」と言うばかりの他のシャケと違い「つらかったね。よく頑張ったね」と言ってくれた。
彼女は生まれてはじめて涙を流した。
彼と生きていこう。彼女はそう決めた。
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