碧に馴染む

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 妹が帰省してきたのは、お盆初日のことである。  私は居間で座布団を枕に惰眠(だみん)(むさぼ)っていた。クーラー嫌いの母のせいで、部屋は蒸し暑い。涼を取れるのは古い扇風機(せんぷうき)と、開け放したベランダから侵入するぬるい風だけである。  今日は休日だったけど特に予定はなかったので、この灼熱(しゃくねつ)の中外出する気も起きず、ずっとダラダラと過ごしていた。大量の備蓄がある素麺(そうめん)をお昼に食べ、食休みに横になる。ちょっとだけのつもりだったのだが、いつの間にか眠ってしまったらしい。  目が覚めると、全身にびっしょりと汗をかいていた。シャツが体に張り付き、気持ち悪い。(えり)を掴んで(あお)ぎ、風を服の中に送る。空気は生ぬるかったが、火照(ほて)った体には冷たく感じられた。 ーーまた、あの夢だ。  覚醒しきっていない頭で、夢の内容を反芻(はんすう)する。子供の頃から何度も見ている夢。夢の中にいる時は、押し潰されるような不安があって、目が覚めた今もそれを引きずっている。  額に手をやって汗を拭った時、ガラリとガラス戸が開けられた。重い頭を動かすと、旅行カバンを持った智香(ともか)が立っている。 「なに、紗江子(さえこ)お姉ちゃん。まだ寝てたの? もう夕方だよ。社会人なんだから、もっとしゃんとしなくっちゃ」  寝転んでいる私のもとへ来た智香は、生意気な口を利く。 「休みの日くらい、いいでしょ」  妹の高い声にすっかり覚醒した私は、のっそりと起き上がった。そういえば、素麺を食べた皿を洗っていなかったことを思い出し、流しへ向かう。 「あ、お姉ちゃん。荷物片付けるの手伝って!」 「はあ? それくらい自分でやりなさいよ」  私があしらうと腕にまとわりついて、いいじゃないと甘えた声を出す。まったく。  溜息をついた私は、皿洗いが終わったらね、と渋々了承した。  頭の中からは、さっきの夢の事は消え去っていた。
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