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私はごくりと唾を飲み込む。
「近くを親子が通ったんじゃないの?」
内心を気取られないように、わざと軽い口調で言った。けれど、どうやらバレていたようで、智香はにやりとする。
「その子も同じように考えてね、辺りを見回したそうよ。でも、誰もいなかった。振り返ってみても、橋の向こうを確認しても、赤ん坊どころか人の姿は全くなかった。一体どこから聞こえるんだろうって不審に思って、ふと川の方を見たのね。そしたら、川から生えている草がカサカサって揺れたの」
智香は声を低くする。
「初めは猫だと思ったみたい。野良猫が落っこちて動けないんじゃないかって、心配したのね。それで、欄干から身を乗り出して、下を覗いてみた。すると、またカサカサって草が揺れたの。その子が食い入るように見つめていると、草の間から何かがチラッと見えた」
「猫でしょ」
間髪入れずに断定した。
そうであって欲しいという願望と、さっさとこの話を終わらせたいという理由からだ。しかし、智香は首を振って否定する。
「どうして分かるの」
「だってね」
赤ん坊の声ってそこから聞こえたんだもの、と智香は言った。
「猫はそんな声、出さないでしょ。でも、赤ん坊が川なんかにいるはずがない。自分で来ることはできないし、じゃあ大人が連れて来たはずなんだけど、その姿はどこにもない。おかしいなと首を捻った時ーー」
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