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不倫タンポポ事件 ②
白い少女の静さんは、小学1年生ぐらいに見えた。
「静さん……君か? 君を育てている僕は、お父さんってわけかい」
「そう。大好きな七海お父さん」
静さんは、僕の腰の所に抱き着いてきた。
うーん、奥さんはいないけどお父さんと言われるのはなんか心に温かいものを感じた。
「お父さん。行かないで。理科室の中でお姉さんのお話を聞いてあげて」
文鳥の雛の静さんは、僕を離さない。
「お話って? 今何やら不穏な雰囲気の話をしている人のかい? 」
「そう、聞いてあげて。このままお父さんがほっておくと大変なことになるよ。いろんな生き物が死んでしまうことになるかもしれないの」
静さんは,両手にぐっと力を込めて僕の腰のバンドを掴んだ。
「ええ? それはどういうこと? いろんな生き物が死んでしまうことって?」
「だからそのことを、中の人の話を聞いてほしいの。みんなを助けられるのはお父さんだけだもの」
なんで静さんがそこまで僕を当てにするのかはわからなかったけど。
静さんの訴えによると何やら生き物の命がかかっているようだ。
理科学部生物系の僕としては、黙って見過ごすなってわけか。
「わかったよ静さん。生き物の命は大切だものね。どんな話かわからないけど、とりあえず中の人に聞いてみるよ」
そう言って僕は,静さんの小さなおかっぱ頭をなぜた。
「ありがとう! お父さん大好き! 」
静さんは、理科室の引き戸を開けた。それと同時に姿を消した。本当にふっと消えた感じだった。
僕が理科室のドアに現れたので、目ざとく僕を見つけた大浦先生が、大声で言った。
「おお! ちょうどいいところに来てくれたよ七海君! 先生な今から大事な会議があるんだ。この子の話を聞いてあげてくれないかなあ」
あっ。このシチュエーション確か前にもあったぞ。確か大浦先生はこの後、
『この生徒は理科学部の1年生で七海君といって優秀な生徒だ、君の悩みにきっと応えてくれると思うよ』って言いうぞ。
大浦先生は、感情的に攻められていた女生徒に、僕を指さして言った。
「この生徒は理科学部の1年生で七海君といって優秀な生徒だ、君の悩みにきっと応えてくれると思うよ」
これはデジャヴと言うのだろうか?
「じゃあ、後よろぴく」
大浦先生は、以前にもまして素早くその場を去ってしまった。
僕は、静さんに言われて覚悟を決めていたので、こちらから女生徒に話しかけた。
「何か怒っているような訴えをしていたけど。もしよければ僕が聞きます」
女生徒は、きりりとした目を僕に向けて言った。
「本当! 話を聞いてくれるのは嬉しいけど、あなたで大丈夫? 」
うへ。高飛車、上から目線……。どうして僕の関わる女生徒はみんなこんな感じなんだ。でも、ここで腹を立てないのが僕のいい所だ。
「大丈夫かどうかは僕も話を聞いてみないとわからないけど。あの、僕、理化学部の1年8組の七海航平っていいます。一応生物系の研究してるんだけど、あなたは? 」
以前、紹介しあう時に、池田静さんが2年生だったので、一応敬語で聞いた。
「私は、1年3組。沙門月美」
同じ1年生だった。言葉遣いは普通でいいな。沙門さんは、池田静さんと違って額を出したヘアスタイルだった。濃い眉が情熱的な感じで印象的だ。どちらかと言うと僕の基準では美人だ。
「で、沙門さんは何かすごく怒ってるようだったけど? 」
僕はなるべく話はやんわりと進めたいけど、まず沙門さんの気持ちを聞くことから始めた。
「それがね! 先生にも言ったんだけど、なんか埒が明かなくて。っていうか全然人の話を信じてくれないみたいで。だんだんイライラして感情が高ぶって来て」
やばい。沙門さんは話しているうちにまた、感情が高ぶって来ていた。
僕は、即座に言った。
「うん。うん。で、何があったの? 」
「私の飼っているジョンがね。死んだの! 」
「そりゃ辛いよなあ。で、ジョンって何? なんで死んだの? 」
「そこよそこなの。私のジョンは、ラフ・コリーで、3歳のとっても元気な子だったの 」
コリーか。犬だよな。うん。元気な『子』なんだよな。元気な『犬』って言ったらやばいんだよな。
僕は続けて聞いた。
「コリーってたしか、顔の細いフサフサの毛をした大きい子だよね 」
「そうよ。ジョンは特にイケメンだった」
「イケメンのジョンということは、オス……じゃなくて、男の子だったんだ」
「そう。そのジョンが、ジョンが……ジョン! 私のジョン! 何で死んだの? 」
沙門さんは、大声で泣き出した。感情も情熱的な人らしい。
「そこだよね。さっきタンポポがどうとか言ってなかったかい? 」
沙門さんは、はっと我に返ったように僕を見た。
「タンポポ!そう。あのタンポポがジョンを殺したのよ! 」
沙門さんは、理解不能なことを言い出した。ここからが勝負だな。僕は、カバンからメモ用のノートを取り出した。
「まあ、座って。詳しいことを聞かせてよ。どういう状態でタンポポがジョンを殺したの? 」
僕の真面目に聞こうとする態度を見て安心したのか、沙門さんは椅子に沈み込むように座った。興奮から覚めて少々疲れたという感じだった。
沙門さんは、訥々と話し始めた。
つづく
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