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不倫タンポポ事件 ③
「昨日のことなの。いつものようにジョンと私は散歩にでかけたの」
「昨日か。えっと11月13日だよね」
僕はノートに日付を書いた。
「で、沙門さんが散歩に行ったのは何時頃だったの? 」
「いつも夕方の5時ごろに散歩に行くの。コースはいつも決まってて。その途中にちょっとした草地があるんだけど、いつもそこで少し過ごすの」
「うん。うん」
僕は、ノートに散歩、草地と書いた。
「そこに、あのタンポポが咲いていたの。いままでいろいろなタンポポを見てきたけど、あんなタンポポを見たのは初めてだった。名前も知らないタンポポ」
は? タンポポ? いま11月だよな。タンポポって春咲く花じゃないのか?
植物には疎い僕もそこには気づいた。
「タンポポって春に咲く花だよね。今は秋だし、初めて見たって言ってたけど、その花はタンポポだったの? 」
僕は聞いた。
沙門さんは花には少し詳しいのか即座に答えた。
「正確には在来種(日本産タンポポ)じゃなく、外来種だと思う。でも姿かたちは明らかにタンポポだった」
「春に咲くのは在来種か。外来種は春以外でも咲くんだ」
「必ずしもそうではないけど、外来種は今頃でも咲くことがあるわ」
僕は早速ノートにメモした。
「沙門さんは花に詳しいね。僕は動物系の研究をしてて、植物はあまり得意じゃないんだ」
「わたしは山野草が好きでSNSで山野草のグループに入ってるの」
「そうなんだ。そういうグループがあるんだね」
「うん。それで私、そのタンポポの写真を撮ってSNSにアップロードしたの。みんなに見てもらった。みんなタンポポらしいっていってくれたの。ただ違うのは」
「え? 何か違いがあるの? 」
「花の色が赤黒かった。赤いタンポポっていうのもあるんだけど、そのタンポポの花は少し赤黒かった」
花の色が、赤黒いタンポポと僕はメモした。たしかに珍しいな……。
「で、こっからだけど。沙門さん。辛いかもしれないけど落ち着いて話してよ。どういう状況でジョンはタンポポに殺されたの? 」
沙門さんの表情が一瞬固くなったが、僕と話をしているうちに落ち着いてきたのか、感情的にならずに話し始めてくれた。
「その草場でジョンは走り回ったり、花の臭いをクンクンと嗅いだりするんだけど、その中にあのタンポポがあったの。
ジョンがあのタンポポの臭いを嗅いだ後、しばらく鼻をスンスンしだして、そしたら急にゲロをしてして倒れたの。
それから痙攣しだしたの、血も吐いたわ。
私、びっくりして何もできなくて。
すぐに家に電話してお母さんに車で来てもらって、ジョンを病院に連れて行ったの。
病院に着いた頃にはジョンは、もう虫の息で、先生も注射をしたり点滴をしたりしてくれたけどダメだった……。あっという間のできごとだった! 」
僕はメモを読み返しながら沙門さんを見て言った。少し涙ぐんでいた。
「たしかにすごい死に方だ。本当にあっという間だったんだね。ジョンが苦しむ前にタンポポをかじるとかそんなことはしなかった? 」
「ええ。2,3回匂いを嗅いだだけ。それ以前にもその花の臭いをかいだりしたことがあったのに」
「そう……。僕は今その状況を聞いたとき何か毒物を食べたのかもしれないと思ったんだ」
「食べることは一切なかった」
「で病院の先生は死因について何か言ってくれた?」
「それが……状況は説明したけど、はっきりとした原因は分からないって。でも症状から見ると、劇症型アレルギー反応がでてショックで死亡したんじゃないかって」
『劇症型アレルギー反応によるショック死』と僕はメモした。これって、
「アナフィラキシーショックじゃないかな? 」
「そう、そう。先生もそれを言ってた」
ここまで沙門さんの話を聞いて僕は、さっきの静さんの言葉を思い出した。
『このままお父さんがほっておくと大変なことになるよ。いろんな生き物が死んでしまうことになるかもしれないの』
たしか静さんはそう言ったよな。
「沙門さん。病院の先生から、ジョンのアナフィラキシーの原因について何か聞かれなかったか?」
「ジョンがタンポポの臭いを嗅いだ事は言ったけど……。特にそれでどうのこうの聞かれなかった」
「ってことは、そのタンポポはまだそのままってことだよね」
「そ、そうだ。私もジョンがショック状態だったのでそちらに気を取られて、あの時はタンポポのことを忘れていたわ」
確定したわけではないけど、そのタンポポを嗅いだ事でジョンが、アナフィラキシーショックを起こしたということになると、そのタンポポをそのままにしておくわけにはいかないじゃないか。僕は立ち上がった。
「沙門さん! そのタンポポがあった草場につれていってくれないか! 」
沙門さんも僕の考えていることが分かったみたいで、すぐに涙を拭いて立ち上がった。
「うん! わかった行こう」
僕は、理科室にあった厚めのビニール袋とゴム手袋,スコップ、マスクを近くにあったバケツに放り込んで部屋を出た。
アナフィラキシーショックタンポポよまだそこにいてくれよ。と願うばかりだった。
つづく
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