第2の冒険 不倫タンポポ事件

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不倫タンポポ事件 ④  沙門さんは細身で、ランナータイプなのか走るのが早かった。僕は、彼女の後姿を見失わずに追うのが精一杯だった。  どのくらい走っただろうか、止まって(たたず)んでいる沙門さんが見えた。ここが、草原(くさはら)の入り口当たりだった。 「はあ,はあ,はあ,沙門さん……ここ? 」  僕は、手を膝についてうなだれた。 「うん……」  沙門さんの肩も激しく上下していた。 「はあ、はあ、ふー。で、そのタンポポはどのあたりにあった? 」 「あそこ」  沙門さんは数m先の草むらを指さした。  呼吸を整えて僕は言った。 「沙門さんマスクをして。ゆっくり近づくよ」 「うん。わかった。」  僕と沙門さんはゆっくりとタンポポが生えていた草むらに近づいて行った。 「七海君! あった。あれ! 」  沙門さんは、5mくらい先を指さした。僕はじわじわと近づいた。確かにある。    赤い……と言うよりは大静脈血のような赤黒い色をした花だ。  花の色以外の見た目は、長い茎も、地面を()う葉のギザギザの形も普通のタンポポのそれだ。僕が何も知らず見かけてもタンポポと思ってしまうだろう。    その異様なタンポポは1輪だけ咲いていた。 「よかった。まだ花の状態だ。綿毛の状態ではなかったよ。沙門さんは、なるべく近づかないようにして他に同じようなタンポポが無いか探してくれる? 」 「うん。わかった。この広場はいつも来るけど。今の所、あのタンポポを見たのは1輪だけだったの、よく探してみるわ」 「じゃあ、よろしく。僕はあのタンポポを回収してくるからね」  僕はさらにゆっくりとタンポポに近づいて行った。  ジョンにアナフィラキシーショックを引き起こした原因となる物質は、おそらく花粉だと思う。ジョンは、タンポポの臭いをかいで花粉を吸ったのだ。それで劇症的に花粉アレルギーをおこしたのだろう。    花粉が空気中に多量に飛び散っているとは思われないので、よほど近づいて吸い込まない限りは、アレルギーを起こすことはないとは思うけど、僕は念には念を入れた。  花粉を跳び散らさないように根っこごと密封するようにしないと。  僕は、タンポポの周りを少し広めにスコップで深めに掘った。  根も回収しておかないとそこからまた成長して花が咲く恐れがると思ったからだ。  タンポポを土ごとバケツにゆっくりと入れた。バケツの上からビニール袋をかけ、しっかり密閉した。  さらにビニール袋を2枚かけ、合計3重にビニール袋をかけた。  このぐらいすれば花粉は飛ばないだろう。  僕は、タンポポがあった辺りを観察したが、特に変わった様子はなかった。 「沙門さん! こっちはもう大丈夫だよ」  僕が言うと、沙門さんは駆けて来た。 「そのタンポポは、他の場所にはないみたい。それ1輪だけみたいね」 「そうだといいけど……。ジョンがこのタンポポの臭いを嗅いだのは、その……ショックになった時の1回だけかい? 」  一瞬ジョンのことを思い出したのか沙門さんは悲しそうな顔をしたけど、記憶をたどってくれているようだった。 「……そういえば、ジョンが倒れる前の日にもここに来て、そのタンポポの臭いを嗅いでいた。そうだ。その時、変な色のタンポポだと思って写真をとったの」 「じゃあ、ジョンは、2度目に臭いを嗅いだ時にショックを起こしたんだね? 」 「そ、そうなるよね」  これはアナフィラキシーショック濃厚だぞ。    劇症的な免疫反応は、1度体内にアレルギーを起こす物質アレルゲンが侵入しているはずだ。そのアレルゲンが2回目に体内に入ったときにアナフィラキシーショックが起こるはず。  ジョンは、タンポポの臭いを前日に1回嗅いでいる。その時にタンポポの花粉が体内にはいったんだ。  そして次の日再びタンポポの臭いを嗅いだ時に2回目の花粉を吸いこみアナフィラキシーショックを起こしたんだ。    僕らは、その後も注意深く草地を中心に辺りにタンポポがないか探して回ったが、見つからなかった。少しは安心したけど。  でもこのタンポポは何だ? どうして1輪だけここに咲いているんだ?  僕は沙門さんに聞いた。 「沙門さんは、良くここに来るって言ってたけど、このタンポポを見たのは初めてなんだよね」 「うん。今まで一切(いっさい)見たことない。山野草(さんやそう)のグループの人も見たことないって言ってた」  さて,タンポポは回収したけど、この先どうすればいいんだ。何をすればいい?僕はあらゆる方法を探り、自問自答をした。そして出た答えはこれだ。 「沙門さん、こりゃもう僕1人の手には負えなくなってきたよ」 「え? どういうこと?」 「このタンポポが、これ1輪だけなら、これを処分することで、ジョンにはかわいそうだったけど、もう被害は起こらないと思うんだけど」 「あ! これだけじゃなかったらってこと? このタンポポがあっちこっちにあったら被害がほかにも起こるかも知れないってことね!」 「そういうこと。でも、まずこのタンポポが原因かどうかわからないし、まして花粉が原因かどうかも調べてみないとハッキリしたことはいえないと思う。  今までのことは僕の憶測でしかないからね。だけどこの憶測が当たってたら……。  タンポポの花の臭いをかぐ人はあまりいないと思うけど、もし人間がジョンのように2回花粉を吸ったらどうなるかなんだ」 「そうよね。ジョンみたいになったら大変よね。それもこのタンポポが沢山咲いていたら、臭いを嗅がなくても風で花粉が飛んで花粉症みたいになって。花粉症で人がアナフィラキシーショックを起こすかも知れないよね! 」  段々沙門さんの声が興奮で大きくなった。 「ジョンみたいに! 人が死ぬかもしれないよね! 」    僕は(つと)めて冷静を(よそお)った。本当は怖かったけど、解決するためには思考停止(しこうていし)だけは()けないと。恐怖に負けて脳がフリーズしたらジョンの死が無駄になるよ。 「うん。今、沙門さんが言ったことは可能性としては十分あり得ることだ。それを阻止するためには、この先のどうすればいいか僕の力では限界を感じてるんだ」 「じゃあ、他の人に相談しましょう。警察に届けましょうか? 」 つづく
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