第1の冒険 文鳥の卵はなぜ孵らない?

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「あれ?」 「何よ?」  僕は、静さんに聞いた。 「この白い文鳥、もとい文鳥さんが、シロちゃんですよね?」 「そうよ。綺麗で可愛いでしょ。よく慣れているのよ。よくお話をするの」    まあ、ペットとして飼ってるんだよな。鳥だけど猫かわいがりだな。だけどこの広いケージに文鳥が1羽だけというのが気になった。 「卵を産んだのはシロちゃんですよね?」 「そうよ」 「この画像では、シロちゃんしかいないんですけど、オスの文鳥さんはどこにいるんですか?」 「オス?」 「あ、いえ、男の子です。男の子の文鳥さんはどこに?」 「何のこと? シロちゃんだけですけど」  静さんに、さも当然のように言われた。  え? ということは飼っている文鳥は、メスのシロだけって事? 「確認しますけど、卵を産んだのは、シロちゃんだけで産んだんですか?」 「そうよ。だって、飼っているのはシロちゃんだけだもん」  は? そういうこと。ということは卵は無精卵じゃないか。それじゃあ何百年待っても孵るわけがない。  さて、静さんにどう説明したものか……。確か『文鳥の飼い方』の本を読んだみたいなことを言ってたよな。 「静さん、文鳥さんに関する本を読んだって言ってましたよね」 「読んだ。卵を6つ産むことも、17日ぐらいで孵ることも読んだよ」 「その本の中で、小鳥の生ませ方みたいなことを、書いていなかったですか?」 「うん、書いてた。ちゃんと読んだもの」 「じゃあ、小鳥が生まれる時には、オス……じゃない男の子といっしょに飼わないと生まれない、みたいな事は書いていなかったですか?」 「え? ……うーん。そういえば。そんなことが書いてあったような……」  静さんは首をかしげながら思い出そうとしている。思い出せよ。 「じゃあ、その本の中で無精卵という言葉とか、受精とか交尾とかいう言葉を書いてなかったですか?」  僕は、ノートに『無精卵』『受精』『交尾』と書いた。 「こんな言葉です」 「むせいらん?…… じゅせい?…… こうび?」  初めて聞いたのか静さんは、きょとんとした目で僕を見て言った。なんだ読んでないのかよ。説明しなきゃだめなのかよ。 「そう、無精卵です。シロちゃんの6個の卵は、雛の孵らない無精卵です。いくら待っても孵化しません」 「どういうこと? むせいらんて病気か何か?」 「文字通り受精していない卵の事です。いくら温めても孵りません」 「だからあ! 受精って何? 交尾って? じゃあどうすればいいの?」  見た目が子どもっぽいと言っても、静さんも もう高校2年生だ。生物で習う『交尾』や『受精』を知らないわけがない。と僕は思った。すっとぼけてるとも見えるし……正確に理解していないような感じもするし……。  相手は女の子だし、どう説明すればいいか僕は迷った。生物学的な、説明の仕方は淡々とできるけど、専門用語を聞いて『それは何? それは何?』と、話がややこしくなっても困るからなあ。  ここは正攻法で、教科書的に説明することにした。 「静さんには、お父さんとお母さんがいますよね?」  いろんな家庭があるからなあ。簡単な質問にも気を遣うな。 「もちろんいるわよ。後、妹がいます」 「ああ、そうなんだ。で、静さんも妹さんも、お父さんとお母さんがいて、生まれたわけですよね」 「そうよ。何言ってんの当り前じゃない。産んだのはお母さんだけど……。うん? じゃあお父さんは何の役割をしているの?」 「そこなんです。生き物が繁殖……じゃない子どもを作るには、お父さんとお母さんがいないとダメなんです」  僕はノートにへたくそな人間の図を描きながら説明した。 「うん。うん」  静さんは、ノートに顔を近づける。 「で、お父さんとお母さんがそれぞれ子どもを作る細胞を持っているんです。それが、お父さんは『精』細胞。お母さんは『卵』細胞を持っています。その『精』子と『卵』子が合わさった時に『受精卵』と言って子どもの生まれる卵になるわけです」    静さんは僕の話を聞いてハッとしたように言った。 「じゃあ、シロちゃんは、その『精』細胞と『卵』細胞が合わさらなかったわけね。どう? あってる?」 「そうそう。そういうことです」 「じゃあ、私のお父さんとお母さんは、どうやって受精卵を作ったの?」  来た、微妙な問題だ。無機質に説明するか、性教育的に説明するか……。僕は静さんの顔を見た。目を丸くして首をかしげて、挑発するかのように僕の答えを待っている。  でもよく考えると別に人間のことを話さなくてもいいんだ。鳥の交尾について淡々と説明してお茶を濁せばいいか。
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