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「あの、まず鳥の場合ですけど……」
僕は、まず文鳥の受精について話そうとした。しかし、なぜか静さんはそれを遮って人間の場合を聞いてくる。
「わたしのお父さんとお母さんは、どうやって受精卵を作ったのですか? だって受精卵ができないと私、産まれてないじゃないの。気になるし。どうやって作ったの? 教えて」
なんだよ文鳥のことを聞きに来たんでしょ。僕は返答に困った。
「どうやった……って」
僕は、思っていることを素直に言った。
「僕は、人間の場合は、受精卵などと言う言葉はあまり使いたくないんです。はっきりと他の生物とは考え方を分けているんです。他の動物は、本能で自分のすべきことを知っている。でも、人間は、1人では何もわからないし何もできない。言わば完成されていない未熟な生物なんです」
静さんは、相変わらず首をかしげて僕を見ている。ぼそりと言う。
「七海君が何を言っているか、よくわかりません」
「そうですか。じゃあ言い直します。静さんのお父さんは、お母さんと出会ってお互い好きになった。お互いに、とっても好きなこと表現するために…………」
その先を言おうとした僕の唇に、静さんは人差し指を立ててふさいだ。
「はい! わかってる。私もJK2年です。そのくらいは知ってるよ」
「何だよ、知ってるんなら聞かないでくださいよ」
「へへへ、七海君がどんなふうに説明してくれるのかなって、少しドキドキしちゃった。お父さんとお母さんが互いに好きになったなんて、とってもいい答え方だと思うよ」
僕は試されていたのか……。遊ばれていたのか……。なんだか疲れて来た。
「オスが……いや、シロちゃんの相手がいないのが原因だとわかってて何故卵が孵らないって大騒ぎするんですか?」
「だって、何でお母さんだけで卵が産まれるの? そんなことってある? 人間じゃ考えられないじゃない。お母さんだけで子供を産むなんて」
静さんが、椅子を引きずって僕に迫って来る。
「あ、疑問に思うのはそこですか」
「そう。何で、何でお母さんだけで、シロちゃんだけで卵を産めるのさ?」
「そのことについは、静さんはもう保健体育の授業で習ってるんじゃないですか」
「ええ?お母さんだけで卵を産むってこと?」
「その通り。実際、静さんたち女性も産んでいるじゃないですか」
「えええ? 私産んでないよ。卵なんて」
「まあまあ、鳥のように卵を産んでいる、というわけではないんです。はっきり言うと、毎月1個……」
「わかった! 排卵のこと」
「そう、鳥の卵も産卵と言っているけど、排卵と言い換えれば同じことなんです」
「でも、シロちゃんは毎日一個ずつ産んだよ」
「毎日一個ずつ排卵したということです。人間の場合は、卵巣から排卵をして受精をしなかったら、子宮内膜が脱落してそれを体外に出す。いわゆる生理とか月経ですよね」
「じゃあ、私は毎月一個、無精卵を産んでいるというわけ?」
「極端にいうとそういうことですね。それがシロちゃんは、6日間で6個排卵つまり産卵、したということです」
「それで、6個の生まれない卵なのね」
「そういうことです。もし繁殖させたければ……じゃなくて子どもが欲しければ、オス……じゃない男の子を一緒に飼ってあげないとだめですね」
僕は、話し終わると両手を頭の後ろに当てて、椅子の背にそっくりかえった。あー疲れた。
静さんはうなだれている。やがて泣きながら言った。
「じゃあ、じゃあ、あの卵は、ずっと卵なのね。雛は生まれないのね。ぐす。ううううう。しくしく」
何でここで泣くんですか。
「そんなに雛を産ませたいんですか?」
僕は言った。
「うん。どうしても産ませたいの。それも今すぐにでも」
何か切羽詰まった事情がありそうだったが、またややこしくなったら面倒くさいので、僕は次の提案をした。
「じゃあ、男の子の文鳥を飼ったらいいじゃないですか」
静さんは、パタッと泣き止み顔を上げて言った。
「そうだ。シロちゃんの結婚相手を探せばいいんだ」
「ま、まあそういうことですよね」
なんとか分かってくれたのかな。僕は思った。と、静さんが急に立ち上がって言った。
「今から行こう、探しに。シロちゃんの結婚相手を!」
「そうですか。相性のいい男の子が見つかるといいですね。じゃあこれで、僕は理科学部の活動をするので」
やっと本来の部活動に入ることができる。僕は、日本産魚類で絶滅危惧種の繁殖に取り組んでいる。魚の待つ水槽へ向かおうとした時だった。静さんが僕の袖を掴んでいる。
「七海君も一緒に行ってくれるんでしょ?」
「はあ?」
「だから、七海君も一緒にシロちゃんのお婿さん探しに、つきあってくれるんでしょ」
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