第1の冒険 文鳥の卵はなぜ孵らない?

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「池田さん? 先生! あの子、まさか池田静さん?」  そのとおり。池田静さんです。叫んでいる女生徒は、静さんのクラスメイトだろうか。それにしては声のトーンが異常だ。僕と走っている女子生徒が、池田静であることが信じられない、といった響きだ。彼女らは、さらに何かを叫んでいたが、もはや僕らには聞こえなかった。    この高校は、街中に建っているので、細い抜け道がたくさんある。校門を出て、細道を2,3回曲がったところで走るのをやめた。 「はあ、はあ、はあ、ここで小休止しよう……」  僕は、その場にへたりこんだ。静さんは、息を乱すことなくベストとブレザーを着た。 「し、静さん……いきなり走ったりしたけど、大丈夫? 体は?」 「うん。ちょっと息が切れたけど、今は大丈夫。でも、なんで私たち逃げたの? 別に悪いことをしたわけじゃないのに」 「そう。それは、そうなんですけど。服を脱いでたのはまずかった。先生につかまって、状況を説明するのも面倒だし。それにシロちゃんのお婿さん探しを早くしないと」 「ありがとう、七海君て、なんだかんだ言っても優しいんだね。……あの……それでね。まだ言っていなかったことがあるの」 「え? 何? さらにややこしいこと?」 「ううん。ちがう」    静さんは、座り込んでいる僕を見て首を左右に振る。 「あのね。私には小学生2年生の『明里(あかり)』っていう妹がいるんだけど……」  小学2年生と言うことは、静さんとは10歳ぐらい違うのかな。そんな僕の計算には構わず、静さんは話を続けた。 「実は、明里ちゃんも、今、病気で学校に行けない状態なの」 「ええ? それって、静さんと同じ病気なのですか?」 「違う。右ひざに、こんな大きなできものができて歩けないの」  そう言って静さんは、こぶしを作った。できもの? 腫瘍か何かかな? 「それって、治らないのですか?」 「治るよ。悪性じゃないから、手術をして取っちゃえば、すぐに治って歩けるって、お医者さんは言うんだけど」 「じゃあ、すぐに手術すればいいじゃないですか」 「それがね、明里ちゃん、手術を怖がって受けてくれないの。おまけにその病気と手術の恐怖で、ご飯も食べなくなって……やせ細っちゃって」  涙をボロボロと流し始める静さん。大変な病を抱えているのにさらに妹の心配をするなんて。 「静さんも、優しいんですね……」  僕は、慰めるつもりで言った。静さんは、話を続る。 「でもね、明里ちゃんもシロちゃんが家にきてからというもの、シロちゃんに元気づけられて、ご飯も少しずつ食べるようになったの」 「それは、よかったじゃないですか」  僕は、ペットというものは、ただ人がかわいがるだけの愛玩動物と思っている。結局は人間のエゴだ。しかし、静さんの話を聞いているうちに、それは僕の偏見だったと感じた。人も飼われている動物も、なにか絆のようなものがあるような気する。  静さんの話は、ここで終わりではなかった。 「それでね。シロちゃんが卵を産んだでしょ。それを見て明里ちゃんも何かを感じたみたいで、『シロちゃんの卵が孵ったら、わたしも頑張って手術をうける』といいだしたの」 「それで、なおさら卵が孵ってほしいと言うわけですね。わかりました。静さんがそこまで必死になって卵を孵そうとするわけが」  文鳥のシロちゃんの卵は、池田姉妹の期待を背負っているわけだ。  彼女たちの思いを聞くと、めんどうなんて言ってられない。僕はもう、『シロちゃんの卵の孵化を絶対成功させる団』の一員だ。    僕は、立ち上がる。 「じゃあ、シロちゃんのお婿(むこ)さん探しにいきましょうか。まず、シロちゃんを買ったペットショップに」  静さんの顔が、笑顔で輝いたように見えた。 「うん。行こう! ありがとう七海君!」  静さんは、僕の腕にすがりついてきた。ちょっと嬉しい。  ペットショップは、その場から歩いて15分ほどの所にあった。一見、犬猫専門のペットショップに見える。こんな所に、鳥なんぞ売っているのだろうか? すると静さんが僕の袖を引っ張ってどんどん奥に行く。 「鳥さんはね、奥の部屋にいるの」  静さんは、まるで、恋人に会いに行く少女のようだった。静さんにとっては、鳥が恋人だね。  鳥の展示部屋は温度管理がなされていて、ドアが閉まっていた。僕と静さんは、静かに中に入る。部屋の温度は少し高めに設定されているのか、じわっと汗が出る。鳥を飼う人が減って来てるのか思ったより鳥かごが少なかった。  静さんは、真っすぐに文鳥のゲージに駆け寄った。
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