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「七海君、見て見て! この子可愛い!」
文鳥のゲージは5,6個あり、十数羽いたのだが、静さんは真っ先にその文鳥のゲージに駆け寄った。潤んだ目でその文鳥を見つめている。
後から来た、店員のお姉さんが言った。
「ああ、その子はライトシルバー系に、少しシナモンが入った、イノなの」
ライトシルバーとかシナモンというのは、おそらく文鳥のカラーのことだと思うけど。『イノ』ってなんだ?
そんな僕の心を読んだように静さんが言った。
「イノって言うのはね『Albino』アルビノの『ino』イノなの。アルビノみたいなって言う意味よ」
「アルビノのイノか……」
アルビノなら目が赤いはずだ。僕は、イノの目をのぞき込んだ。この文鳥は逃げもせず、首をかしげてこちらを見ている。
「本当だ。確かに目が赤いよ。アルビノだ」
「色のバランスもいいし、なかなかのイケメンでしょ」
店員のお姉さんは言った。
イケメン?っていうことはオス?
「この子は、オス……じゃない男の子なんですか?」
「そうなの。男の子。歌も上手なんだから」
はあ? 歌?
ああ、鳴き声のことか。なかなかペット用語の世界に、ついていくのも大変だ。そう思ったとき、そのイノ君が鳴き出した。
「キューン、キューン、キューンポン!」
鳥の鳴き声はいろいろ聞いたつもりだったが、この鳴き方は初めてだった。
透き通ったきれいな鳴き声。ふと静さんを見ると、うっとりとイノを見つめている。
「ほかに、男の子の文鳥はいないんですか?」
僕は周りを見ながら聞いた。
「そうね。あと、ノーマルとシナモンとシルバーかな。男の子は足輪をつけているからすぐわかりますよ」
そう聞いて、ほかのゲージも覗いて見る。確かに、足輪をした文鳥が数羽いた。それぞれ違う鳴き声で鳴いていた。それより僕を驚かせたのは、彼らの値段だ。
「シルバー……手乗り……ええ! 6,500円! 鳥がかよ。そんなにするんだ」
「失礼な! これでも安いぐらいだわ。この子もきれいな羽をしているでしょ」
静さんが僕の脇腹を、肘で突く。
「そうですか……すみません。で、静さんから見て、シロちゃんと相性のよさそうな男の子はいました?」
「うん! いた! この子に決めた!」
静さんは、にっこりして一番最初に駆け寄ったイノを指す。
「絶対この子は、シロちゃんと相性バッチリよ。私にはわかる」
静さんは言い切った。その様子を聞いていた、店員のお姉さんが言った。
「お婿さんを探してるの?」
「そうです! 雛が孵るようにシロちゃんのお婿さん!」
手を挙げて静さんが答えた。
店員のお姉さんは、優しく言った。
「そう。その子とならきっといい子ができると思うよ。でも母親は卵を産む時、体に大変な負担がかかるから、気を付けてね。それから、子育てが終わるとまた卵を産むから、よく考えて育てないと家族が増えすぎて、大変になるの。それも気を付けてね」
そうだ、生物は増えだすと爆発的に繁殖をして収集がつかなくなることがある。僕は、そんなことはストレートには言わずに提案をした。
「じゃあゲージをもう1つ用意して、子どもが出来たらシロちゃんと男の子を分けたらいいよ。繁殖期は、かわいそうだけどシロちゃんとイノを離さないとね」
「…………」
静さんは腕組みをして何かを考えているようだが、やがて口を開いた。
「そうね。徒らに子どもを増やすのは良くないわよね。七海君、ご忠告ありがとう。そうする」
店員のお姉さんは、
「もし、その子たちの相性が良くなかったら、ここに連れてきてね。違う子とお見合いしましょう」
え! そこままでしてくれるのか、この店は。サービス良すぎだな。僕は感動した。
「じゃあ、『イノ』ちゃんとそのゲージを1個ください」
静さんは早々に買って帰るつもりだ。よほど『イノ』文鳥が気に入ったんだ。
「七海君、悪いんだけど今持ち合わせがなくって、お願い、とりあえずこの場はお金を貸してくれない?」
「え? ま、まあいいですけど。いくらですか?」
「ゲージが4,500円で、イノは5,000円で、合計9,500円です。消費税がついて10,450円かな」
店員のお姉さんが軽やかに言った。しかし財布の中身は、昨日小遣いでもらった10,000円が全財産だった。
うーん、ここは交渉か……。つまり値切る。
「あのー、今10,000円しか持ってないんですけど……。450円まけてもらえないですか? あの、もしだめだったら、足りない分は後で払いに来ます」
店員のお姉さんは、意外とさっぱりしていた。
「いいわよ。じゃあ消費税分まけて9,500円でいいです」
「ええ。本当ですか。ありがとうございます」
いやあいいお姉さんだ。いい店だ。
こうして僕と静さんは、シロのお婿さんをゲットした。
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