第1の冒険 文鳥の卵はなぜ孵らない?

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「良かったですね。意外とすぐにお婿さんが見つかって。あとは、シロちゃんとの相性がよくて、有精卵が生まれれば、卵が孵りますよ」 「うん。早く雛が生まれて、明里ちゃんが手術を受けてくれればいいんだけど」 「大丈夫。環境条件はいいから、すぐに卵が産まれますよ」 「ありがとう。あと、お金を返すからちょっと私の家によって」 「はあ。いいですけど。お金は今日でなくても……。」 「大金だものすぐに返さないとね。それと……お願いがあるの……」 静さんはそう言って、近くにあった小さな公園に、僕の手を引いて行く。ブランコの横にあったベンチに座った。その腕には文鳥のゲージを抱えている。僕も静さんの隣に座った。 「お願いって何ですか?」  僕は聞いた。さらにややこしいことか? 静さんはしゃべり始めた。 「お願いって言うのはね、明里ちゃんに気付かれないように、無精卵と受精卵を取り換えてほしいの」 「はあ? それは静さんがやればいいじゃないですか。それに、いま6個の無精卵があるんですよね」 「そうよ」 「シロちゃんとイノがうまく言った場合、1日1個卵を産むことになります」 「そういうことね」 「と言うことは、1日に1個ずつ取り換える、ということになるんですよ」 「そうよね。いずれ卵を産むにしても、今すぐ無精卵を全部取っちゃうと、明里ちゃんは卵が無くなったと思って、びっくりしちゃう。だって今の卵が孵るっておもっているもの」 「うーん。何か、ごまかす言い訳はないんですか?」 「ない。卵が一度に全部消えれば、明里ちゃんは悲しむだけだわ。せっかく元気を取り戻しかけているのに」  明里ちゃんはよほど心が弱ってるんだな。微妙な問題だ。  明里ちゃんに気付かれないようにするには、確かに卵の取り換え作戦しかないよなあ。しかしだよ、無精卵を、今のまま置いていたら文鳥は数が分かるから6個の卵を見て、さらに新しく有精卵は、産まないはずだよなあ。  考え込む僕の様子を察してか、静さんが慌てて言った。 「そ、それは大丈夫。私からよくシロちゃんに言っておくから」 「シロちゃんに? 何を言うんです?」 「卵を1個ずつ取り換えることよ。だから安心して卵を産んでねって、シロちゃんに言い含めて置くわ」 「シロちゃんに言い含める? 静さんが? 説得するんですか? そんなことできるんですか」 「大丈夫。大丈夫シロちゃんならね。賢いから」  いや、いくら賢いって言ったって鳥類が人の説得を聞いて、理解するわけがない。  非現実的だ。スピリチュアルな世界だ。  僕は、根っからではないが一応科学的立場をとっている。    人間の言葉を鳥が解するなんて……。  動物を見ていると、何となく言葉が通じていると感じることがあるかもしれないけれど。それは飼っている人間が、勝手にそう思っているだけで、正確に人間の言語を理解しているなんて僕には思えない。それに……。 「それに、もしですよ、もしシロちゃんを説得できたとしても、なんで僕が卵を取り換えなきゃいけないんですか。シロちゃんもこれから飼うイノも静さんの家にいるんでしょ。静さんがそっと交換すればいいじゃないですか。毎日僕が静さんの家に通うんですか?  それこそ明里ちゃんは変に思いますよ」  静さんは、悲しそうなほほえみを浮かべて僕を見上げて言った。 「何でこんなことを七海君に頼むかについては、私の家に来れば全てわかると思うの。だから。その時はお願いします」 「へえ? そうなんですか……」  とりあえず全ては、静さんの家に行ってからのことのようだ。 「それより!」  静さんは、イノを見つめて言った。 「イノ、イノって言わないで。この子に名前を付けてあげないと」  静さんにとって今の優先順位一位は、卵のことじゃなく文鳥の名前のことのようだ。どうぞお好きな名前を付けてあげて下さい。 「うーん。そうね……。七海君も考えてよ」    いや、考えて答えても絶対採用されないことは分かっているので、僕は 「静さんのイメージで、決めるのがいいと思います」  と言った。 「そうねえ……色が薄栗色だから、マロンちゃん、マロン、マロ、マロ! そうマロちゃんがいい。マロちゃんに決めた!」    早! もう決めちゃったんだ。静さんの行動力といい決断力と言いとても病気には見えないな。  いや、病気(ゆえ)のものなのかも知れないな。  僕は、まじまじとマロを見た。マロも気にせず、首をかしげておっとりと、こちらを見ている。 『マロ』というより『麻呂』だな。お公家さんだ。 「いいじゃないですか。マロちゃんね。シロとマロ。きっと可愛い雛が生まれますよ」  根拠はなく非科学的だが、そんな気がした。こういう喜びとか楽しみが、ペットを飼う人の気持ちなのか、とも思った。 「じゃあ、いきましょう」  静さんの小さい体がすっくと立ちあがった。僕も立ち上がる。 「静さんの家は、ここから遠いんですか?」 「もうすぐ、歩いて10分位かな」  静さんの家は、小さな丘にできている住宅街の、坂の途中にあった。僕から見れば、いわゆる普通のニ階建ての家だった。  静さんは、門の所で僕に言った。 「七海君は、マロちゃんとちょっとここで待っててね。準備をしてくるから。それから、私のお母さんが七海君を見たら、私が男子を家に連れてくるなんて、初めてなんだから、びっくりしてなんやかんや、言うと思うけど、その時はこれを渡して見せてね」  そう言うと静さんは、ピンク色をした小さな筒状の物を僕に手渡した。  それは、文鳥などに着ける足輪だった。
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