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「何だいこれ?」
「見せればわかる。じゃあ、ちょっと待っててね」
そう言って、静さんは、小走りでドアまで行って家に入ってしまった。
何なんだ僕は?何で家の前で鳥のゲージを持ってマロと突っ立てなきゃいけないんだ?
静さんは準備って言ったけど、部屋が散らかってるとかまさかそんな男子高生みたいな理由じゃないだろうし……。
僕は待った。3分待った。お呼びはなかった。5分待った。5分がこんなに長く感じるとは、心理的時間の長さを実感した。
10分待った。おいおい、いくら何でもこれは待たせ過ぎだろう。しかも音沙汰もなく。
僕は、意を決して静さんの家に突入することにした。静さんのお母さんに何をいわれてもいいや。もう我慢できません!
「なあ、マロ」
僕は、マロに同意を求めた。マロは、僕を見て首をかしげている。僕は一応入口のチャイムを鳴らした。
「はい」
と、直ぐに返答があり、静さんのお母さんと思しき人が、ドアから顔を出した。長い髪を後ろで括った若い感じの女性だった。僕は制服を着ていたので、静さんと同じ高校の生徒である、ということは分かったと思う。
僕は、言った。
「あの……さっき家に入って行った、池田静さんを待っているのですけど……まだ何かされているんですか?」
僕がそう言った瞬間!
静さんのお母さんの反応を、僕は未だに忘れない。
無反応。いわゆるフリーズするってやつだ。思考停止。固まってしまっていた。しかも無表情。ここでは10秒ぐらいだったと思うが、すごく長い間、沈黙が続いていたように感じた。
長い沈黙の後、静さんのお母さんから言葉が出た。
「あなた、どなた?」
そうだよな。普通そういう反応をするよな。少し不信感を持っておびえているような声の調子だ。
「僕は、池田静さんと同じ高校の、1年生で七海航平といいます。成り行きでシロちゃんのお婿さんの、マロちゃんを買うのに付き合って、池田さんに、言われてここで待ってました。でも、なかなか呼ばれないので……」
そういって僕は、手に持っていたゲージを差し上げて静さんのお母さんに見せた。
僕は、続けて言った。
「始めはシロちゃんが卵を産んだけど、孵らないのはどうしてかっていう相談から始まりまして……」
静さんのお母さんは、突っ掛けをはいて、僕を家の外まで押し戻して鋭く言った。
「何なんですか? 悪い冗談はやめてください」
へ? それはどういうこと? 冗談じゃなく真実なんですけど。
その時僕は、さっき静さんが『私のお母さんが七海君を見たら、私が男子を家に連れてくるなんて初めてだから、びっくりしてなんやかんや言うと思うけど、その時はこれを見せてね』と言って、母親にシロの足輪を渡せと言われたことを思い出した。
「あのー。先ほど池田静さんが、静さんのお母さんがびっくりしたらこれを見せろと言って」
僕は、ピンク色の小さな足輪を、静さんのお母さんに渡した。静さんのお母さんは、その足輪を見て態度が豹変した。
全てを理解したらしく、泣きそうな顔をして僕を見た。
「たしか、七海君だったわね。ごめんなさい。詳しいお話を聞かせて」
静さんのお母さんはそう言うと、僕を家の中へ入れてくれた。僕とマロはやっと静さんの家に入れたわけだ。
お母さんは、僕らをリビングルームの椅子に座るように勧めてくれた。
「ちょっと待っててくださいね」
そう言うと、お母さんは奥の部屋に行ってしまった。
とりあえず僕は、マロに話しかける。
「マロよ、いったいどうなってるんだろうな?」
僕は、はっと気づいた。僕としたことが、文鳥に話しかけているではないか。非科学的だ……。でも静さんの、ひたむきな気持ちが少しわかるような気がした。
マロが、
「キューン、キューン、キューンポン」
と鳴いた。僕には文鳥語はわからないが何か答えてくれたのか? 自然にほほがほころんだ。
その時、静さんのお母さんが興奮したようにリビングに帰って来た。
「やっぱりそうだわ!」
静さんのお母さんは、指先に白い文鳥を乗せて僕の目の前に差し出した。
「どうされたんですか?」
「見て、見て、シロちゃんの足!」
その言い方は、静さんそっくりだった。僕はシロちゃんとは初対面だったが、確かに白い体をした文鳥であることから、シロちゃん本人(?)であることはわかった。言われた通りシロちゃんの足を見る。
何ということはない、ピンク色をした細い文鳥の足だ。特に変わったことはないようですけど。
「あのー。足がどうしたんでしょうか? よくわからないんですけど」
僕は、言った。
「ないのよ。足輪が。いつもつけているはずの足輪がないの」
「あ、じゃあさっき僕がお渡しした足輪がシロちゃんの足輪なんですか?」
「そう! そうよ。絶対そう! これってもしかして……」
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