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第1の冒険 文鳥の卵はなぜ孵らない?
やっと放課後だ。
今からが僕の時間なんだ。
この高校に入学して早二学期。僕は、唯一の憩いの場である理科室に向かう。楽しい楽しい部活の時間。理科室は僕の所属する理科学部の部室なのだ。
科学者をめざす理系の僕は、魚類についての研究をしている。物言わぬ魚とひと時を過ごすのが僕にとっては至福の時間だ。
……なのだが……。
理科室のドアの前で僕は立ち止まった。理科室の中で何やら騒がしい声が聞こえる。ややこしいことに巻き込まれるのは嫌だ。
が、理科室には入りたい。
僕は自分のやりたいことをやるのだ。何の遠慮があろうか。
理科室の開き戸をそろりと開けた。
教卓の所で、部活の顧問で理科教員の大浦先生と、女子生徒が面と向き合っている。
女子生徒が、先生を指さしてピーチクパーチクと、矢継ぎ早に言葉を投げる。大浦先生は、たじたじだ。先生が目ざとく理科室の入り口にいた僕を見る。一瞬ホッとしたような顔をして、大げさに僕を呼んだ。
「七海君! いいところに来てくれた。ちょっとこの生徒の話を聞いてあげてくれないか? 先生はな、自分のクラスの『帰りのホームルーム』に行かないといかんのだ」
続けて女子生徒の方を向き、
「この生徒は理科学部の1年生だ。七海君といって優秀な生徒だから、きっと君の悩みに応えてくれる!」
と言いながら立ち上がり、僕の脇をすり抜け、理科室から逃げるように出て行ってしまった。
「ちょっ! 先生! 何ですか? 僕知りませんよ!」
全速で遠ざかる大浦先生の後姿に叫ぶ。
大浦先生は、一瞬こちらを見て、
「そういうことで、よろぴくね!」
と、ピースサイン。
これは、僕の癒しの時間に、何か面倒なことを押し付けられたのかも知れない……。
ふと、そう思った時。
「ねえ……。あなたが聞いてくれるの?」
「わ!」
女子生徒が僕のすぐ後ろにいた。僕は身長165センチ、彼女はこちらを見上げている。おかっぱ頭が幼い感じを醸し出している。目が丸くクリっとして、ちょっと可愛いかな。
その丸い目の周りが濡れている。泣いていたんだ。
「ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、聞いてよ、七海君!」
女子生徒は、僕に抱き着かんばかりに体を近づけて、訴えかけて来る。半分泣き声だ。
「ちょっと待ってよ。近づきすぎだってば。それになんで僕の名前を知ってるのさ?」
女子生徒は、半歩退り僕を指さした。
「だって、大浦先生が、君のことを七海君って呼んだじゃない」
「そうだったっけ」
あのバタバタした状況で先生の話を聞いてたんだ。
「何かよくわかならいけど、名前だけは言っとくよ。僕は1年8組の七海航平、理科学部の部員で放課後は、ここが部室なんで来たってわけなんだけど」
面倒に巻き込まれたくないのであまり聞きたくはないけど、
「君は?」
聞いてしまった。
女子生徒は、早口でしゃべりはじめた。
「私、2年5組の池田 静。静さんて呼んでいいよ」
おっと、先輩か。余りに小柄なので1年生かと思った。
「七海君! 聞いて! 教えて! 助けて! 卵が孵らないの!」
もう僕は面倒に巻き込まれているようだ。覚悟して池田静さんの話を聞くことにした。
「わかりました。あの、何が問題か。始めから話してもらえませんか」
静さんは、1年先輩ですからね。一応、敬語を使っておこう。
「あのね。あのね。私の飼っている文鳥さんが卵を産んだの」
「はあ……」
『文鳥さん?』……『さん』って。『文鳥』は『文鳥』だろ。まあ、彼女にとって文鳥は『文鳥さん』なんだろう。
僕は、静さんの話を整理するために、カバンからノートを取り出す。これは、僕が理科学部で使ってる研究記録ノートだ。
僕は、ノートを広げて改めて聞いた。
「えーと、文鳥……さんが卵を産んだのですね?」
「そう。さっきから言ってるじゃない。シロちゃんて言うのよ」
高飛車、上から目線……。しかし、こんなことで腹を立てないのが、僕の長所だと自負している。
「いつ卵を産んだのですか?」
「3週間ほど前。1日1つずつで、6つも産んだのよ」
「じゃあ、もう少ししたら孵るんじゃないのですか?」
「いや、遅い! 本当ならもう孵っているはず」
「何でそう思うんですか?」
「だって、『文鳥の飼い方』って本にそう書いてあったもん」
なんだよ自分で調べてるじゃないか。でもここは、我慢我慢。最後まで話を聞かないと。
「本には、いつ頃孵ると書いていたんですか?」
「大体、17日前後」
「と、言うことは」
僕はノートに卵の絵を1個描いた。そこから横線を1本引く。線の端には17日と書いた。
「最初の卵を産んで17日ごろ孵るんですよね。じゃあ今3週間目ということは、7日かける3週間で21日……と」
17日と書いた先に更に直線を引いた。その端に21日と書く。
「21日引く17日は、4日と……」
「それ、何のこと? どういうこと?」
「つまり、最初の1つを産んで3週間と言うことは、1つ目は孵化するのが、4日遅れているってことです」
「その位わかるわよ。4日も遅れているじゃないの」
「4日位は、遅れることもあるんじゃないですか? 環境もあるだろうし」
4日位の誤差は、自然界ではあるだろうと思うのだが……。
「何で? ちゃんと巣の中で卵をあたためていたよ」
「あの、文鳥さんをどんな環境で飼ってたんですか?」
静さんはポケットをまさぐって、白いスマートフォンを取り出した。スイスイとスワイプして、画像を僕の顔面に押し付けんばかりだ。
「これ、シロちゃんのお家」
僕は、スマホを受け取り画像を観察した。少し大きめのケージに壺巣が止まり木に取り付けられている。一般的な飼い方だ。ケージの周りも適度な光がさし特に変わった所は見られない。孵化を阻害しそうな環境は見られないんだけど……。
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