幸せの種

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『あ!おかえりぃ〜!!』 ドアを開けるといつもの笑顔が迎えてくれる。 「ただいま。」 まわりに聞こえないくらいの声で私は返事をする。 「はい、これ!買ってきたよ。」 重い荷物を降ろし、笑顔で彼女に見せる。 『わあぁ〜チョコ!!ありがとう〜☆』 彼女は大喜びで両手を天に向ける。 『あ…でもいいの?私、食べなくても大丈夫だよ?』 「味はわかるんでしょ?なら、半分こしよ。一人で食べるのも気が引けるし。」 『うん!』 一枚の板チョコを半分に割って彼女に手渡す。 するとーーー スッ… 板チョコは一瞬消え、そして再び彼女の手に現れた。 『いただきまーす!』 美味しそうにチョコを頬張る透明な彼女。 そう、彼女はこっちの世界の人間じゃない。 そして見えているのは私だけだ。 私とまったく同じなこの声と姿は、双子でも、幽霊でもない。 私の家には、平行世界の『私』がいる。 『そっかぁ〜今日も大変だったんだね…でもそんな奴ら、きっとしっぺ返し喰らって痛い目見るんだからっ!!』 と、彼女は今日もいつものように私の話を聞いてくれている。 彼女は、様々な平行世界を旅して自分に会い、それを物語にして本を出しているらしい。 他の世界の『私』も様々で、でも幸せに暮らしていたそうだ。 けれど、 ある世界へ行った時、彼女は初めて悲惨な人生を送り、孤独の中で死んでしまった『私』と出会ったらしい。 平行世界の移動は今の自分と同じ時間、年齢で、彼女がその『私』と出会った時には手遅れだったそうだ。 別の世界の存在だから直接何かが出来る訳でもなく、ただ看取るだけしか出来なかったと言う。 なんとか渡すことので来たチョコレートを二口程食べて見せた、最期の笑顔が焼き付いて離れなかったと。 それから暫く旅をしていなかったそうだが、もう一度、別の世界の『私』と話したいと思って来たのが私の世界だったそうだ。 どうやら平行世界で行ける世界は自分では決められないらしい。 彼女は私の世界で自分と会った時、泣いたのだ。 死んだ『私』程悲惨ではないが、貧しい暮らしと孤独はとても似ていたと言う。 その日から、彼女は此処で色々な話をしてくれるようになった。 別の世界の『私』の事や、其々の世界の文化。私の世界と似ている所もあれば、まったく想像のつかないファンタジーのような所もある。 最初は色んな世界の『私』に羨ましいと思うだけしかなかったが、彼女の話がだんだんおもしろくなってきたのと、彼女が話した世界を絵にして描くととても喜んでくれたのが嬉しくなり、心が和んだ。 彼女と出会ってから、まわりから「変わったね」と、言われることが多くなった。 貧しさは変わらなかったが、雰囲気や身なりが明るくなったらしい。 自分ではよくわからないが。 そんなある日、ふと黄昏の空を見て、少し不安になった。 そして初めて、彼女に私は聞いた。 「何時まで一緒にいられるの?」 泣きそうな私に、彼女は優しく微笑みながら応えた。 『まだ暫くはいるよ。だって、『私』には幸せになってもらいたいもん。だからもっと話して!好きなこととか、夢とか色んなの!!』 真っ直ぐな同じは瞳は、深く私に焼き付いた。 あれから… 何年経っただろう。 私は漸くボロアパートを出ることになった。 こんな日が来るとは思えなかった。 あれから私のまわりに色んな事が起きた。 良い仕事、良いパートナーと出会え、貧しさも少しずつ和らぎ、やっと普通と言えるまでに来た。 誰もいなくなった場所で、二人で最後に撮った写真を見つめる。 一人で写る私は『私』と同じ笑顔だった。 小さく射し込む光の中、 いつかの声が甦る。 『また会いに来るよ!色々あるかもしれないけど、幸せでいてね!!』
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