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人通りのほとんど無い裏路地にその小さなゲームセンターは現れた。
今まで見たことも聞いたこともないゲームセンター。
ゲームセンターとは書かれているが、その大きさはコンビニ程度のものだ。
なぜだか足が引きつけられて、僕は店内に足を踏み入れていた。
店内は薄暗く、ゲームセンターなのに物音はほとんどしない。
ただ店の中心に大きなUFOキャッチャーのようなものが1つぽつんと置かれているだけだ。
店のカウンターでは、店員と思しき柄の悪い青年が不貞不貞しく漫画を読んでいる。
あの変な店員に絡まれたら嫌だなと思いつつも店内唯一のゲーム機であると思われるUFOキャッチャーのようなものに近づいて、その景品が何であるのかを確認した。
そして僕は思わず唖然として立ち尽くしてしまった。
カプセルのような物に格納されて静かに眠る妹が、その中にあった。
妹…それはもう存在しないはずのものだった。
8年前に当時10歳だった妹を僕は事故で失った。
僕はそのとき12歳だった。
僕はしばしば妹と衝突していた。
決して妹が嫌いだったわけでは無いし、むしろ可愛いとさえ思っていたのだけれど、何かにつけて親に優遇されがちな妹に少し素直になれずにいたのだ。
妹を失った日、僕は妹を連れて河川敷に遊びに出掛けていた。
僕と妹は河川敷でキャッチボールをしていた。
コントロールの悪い妹が大暴投をしたので、少し腹を立てた僕は、大きな川の近くの茂みに転がっていったボールを取りに行けと妹に命じた。
取りに行く間際の少し不機嫌なふくれっ面が今でも忘れられない。
すぐ側の茂みにボールを取りに行ったはずの妹が、30分も1時間も経っているのに戻ってこなかった。
日が落ち始めてようやく、ボール探しに苦戦しているのだろうかと思って僕は茂みの方に行ってみた。
しかし妹の姿はなかった。
日が落ちていくにつれて僕の焦りは高まってきた。
どうしよう、どうしよう。
僕は怖くなって妹を置いて家に帰った。
そして母親に妹とはぐれてしまったことを話した。
母親はすぐに警察に捜索願を出した。
僕は母親にも警察にも嘘の証言を言ってしまった。
一緒に茂みにボールを探しに行ったら姿が見えなくなったのだ、と。
妹にボールを取りに行けと命じただなんて言えなかった。
遺体は数日後に川で見つかった。
妹の他にもいくつかの景品と思しきものがあった。
しかし、どれも一般的なUFOキャッチャーに置かれた景品と呼べるような物ではなく、端から見たら全く意味のないものもある。
けれどそのどれもが、僕の記憶に深く根差している。
僕はカウンターにいき、柄の悪い店員に訴えた。
「な、なんであそこに妹が?」
店員は漫画からチラッと目をあげると、完全に僕をなめた態度でこう言い捨てた。
「ああ、あんたが…。俺は詳しいことは言えないし、知らないね。」
「おい、ふざけるなよ。なんで知らないんだ。え?」
「知らないもんは知らないんだよ。俺はただ上に雇われてここにいる。ただのバイトなんだよ。バイトに何がわかるってんだよ。」
「そうかそうか。まあそんなことはいい。あそこから妹を出してくれ。」
「出してくれって、あんたの妹は死んでるんだろ。」
「お前、なんでそれを。」
「詳しいことは言えねえって。それより、これも一応商売なんだから、出せって言われて出せるもんじゃないね。上に口酸っぱく言われてんだ。絶対出すなよって。」
「ふざけんな!妹は商売道具じゃないんだ!出せ!出さないと殺すぞ。」
「いやいやお客さん、脅迫はいけないぜ。脅迫がダメってことくらい中卒の俺にも分かるんだぜ。いかにも大学生の兄ちゃんならなおのことだろ。」
「くそが…。なあ、あれは一回いくらだ?」
「100円だよ。ちゃんと読めよ大学生。」
僕は使えない店員を置いて再びUFOキャッチャーの前に立った。
そして財布を見た。
1000円札が4枚に、10円玉が数枚。
僕はもう一度カウンターの前に言って4枚の1000円札をカウンターに叩き付け言い放った。
「これを崩せ。100円が40枚だ。」
「へえ、あんたずいぶんやる気じゃねえか。」
そう言って店員は乱雑に100円玉40枚をカウンターの上にばらまいた。
僕はそれをかきあつめてポケットに突っ込むと再びUFOキャッチャーへと向かった。
ゲーム機に100円を投じると、アームを動かすためのボタンが黄色く光った。
全神経を集中させてアームを動かす。
ご親切なことに、妹が入ったカプセルの端にはアームを通すための穴がある。
「よし、通った!」
アームがカプセルの穴に通った。
しかし、カプセルはほんの数センチ傾いた動いた程度で、ほとんど動かなかった。
「おい!アームが弱すぎるだろ!ふざけるな!」
僕は店員に向かって叫んだ。
「あんた、UFOキャッチャーやったことないのかよ。そういうもんだろ。」
僕は手持ちの100円玉を全て使い果たしてしまった。
にもかかわらず、妹の入ったカプセルはほんの数センチ穴に近づいただけだった。
けれど、何度も繰り返せば妹を無事にその穴に落とせる気はしていた。
翌日、僕はアルバイトで貯めたお金を全て銀行から引き出して、ありったけのお金を持って同じゲームセンターに向かった。
前日と同じ柄の悪い店員が同じ体勢で漫画を読んでいて、妹のカプセルも同じ位置にあった。
無駄遣いを好かない僕だったが、僕は何のお構いもなしにゲーム機に次々と100円玉を投入していった。
その度に、少しずつ少しずつ、カプセルは穴へと近づいていった。
そしてついに、そのときがきた。
100円玉も残り10枚となったとき、カプセルはようやく穴へと落ちていった。
僕はその場に泣き崩れて、思わず叫んでいた。
妹に再会できる。
その喜びを噛みしめていた。
なんて声をかけよう?
謝ればいいか?まずは思い切り謝ろう。
あの時本当につらい思いをさせてごめん、と。
それと同時に、思い切り抱きしめよう。
次の瞬間、僕は全てを忘れていた。
自分がなぜここにいて、異様なUFOキャッチャーの前で泣き崩れているのか、忘れていた。
「僕は何をしにここに?」
目の前にはUFOキャッチャーがある。
その中には、およそ景品と呼べるような物はない。
あるのはただ端から見たら意味をなさないが、しかし僕の記憶に深く根差した物ばかり。
僕はこのゲーム機にほとんど全財産を使ったような気がするが、何を取ろうとしていたのか思い出せない。
「僕はさっきあそこで何を取ろうとしていた?」
「さあ。ただ言えるのは、あんたはそれを取ろうとしていたんじゃなくて、落とそうとしていたってことだけだよ。」
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